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 現代の大学生の目から見た花菖蒲像
   ー大学の講義に「花菖蒲の鑑賞」を取り入れる試みー
         
      玉川大学農学部生物資源学科・植物機能開発科学領域 助教授 田淵 俊人  

花菖蒲展に鑑賞に来た学生たち。中央の男性が執筆者の田淵氏。
 
1.花菖蒲を使った、生きた教育の実践

 玉川学園は、東京都町田市と神奈川県の横浜市、川崎市にまたがる広大な丘陵地帯に、幼稚部から大学院、各種研究施設を持っています。新宿から箱根、江の島方面に向かう小田急線が学園の丁度真ん中を走っており、敷地内には、池や牧場の他、わが国には珍しいミツバチを飼育する施設(養蜂場)もあります。いかに広い敷地を持っているかおわかり戴けるかと思います。自分で言うのもおかしな話ですが、学内を歩いているとまるで公園を散歩しているような気分になります。
 私は、農学部で主に花、野菜、果樹などの園芸植物を扱った学問を専門にしています。世界で一番最初に黄色いコスモスを作った先生と同じ部屋におりますので、その先生から受けた影響でしょうか、今やすっかり花の色や形の魅力にすっかり感化されてしまいました。
 花菖蒲は、今さらここで言うまでもないことですが、日本が「世界に誇るべく」素晴らしい魅力を持っていると思います。現代の最線端の技術でもってしても、江戸時代に作出された品種を超えるような花色、花容を持つ品種は生まれないのではないか、とさえいわれているほどの「伝統的な園芸植物」です。

 本学では、日本花菖蒲協会の皆々様、学園・学部の関係者、明治神宮、神奈川県フラワーセンター大船植物園、および文部科学省からの全面的なバックアップを御受けして、日本各地で育成された様々な花菖蒲の品種や、それらの原種となった各地のノハナショウブを出来る限り多く収集し、末永く維持・管理することを目標にして、学生と一緒になって日々花菖蒲を用いた研究活動を行っており、その一部は園芸学会で発表するまでに至っております。
 
 本学では「幅広い教養人」の育成を目指し、そのような観点をふまえて学部あるいは学年といった垣根を超えて、学生自身が自由に、様々な科目を学ぶことのできるプログラムが用意されています。これを聞き慣れない言葉かもしれませんが、「コア科目」といっています。この中には、日常生活に関連した分野を扱う科目群があり、「生活と園芸」という名称の科目が用意されています。

 近年のいわゆるガーデニングブーム、サラリーマンの帰農ブームの影響でしょうか、この科目を受講希望する学生は非常に多く、春の学期、秋の学期ともに、80名から100名を超える学生が受講する「人気科目」の一つになっています。
 私がこの科目の講義を受け持つようになって数年が経過しますが、本年度よりこれまでに皆々様のご助力にとって研究室で収集・維持・管理をして育ててきた花菖蒲を実際に講義中に観賞する、あるいはいろいろな品種を持ち寄ってきて、学生たちで自由に並べてもらう実践的な講義を取り入れた結果、学生たちには大変な好評を得てきました。

 折しも、日本花菖蒲協会恒例の「花菖蒲展」が神奈川県立フラワーセンター大船植物園で行われていました。そこで、この「生活と園芸」の講義に参加咲いている学生、あるいは研究室の希望者にあくまでも講義ではなく「自由参加」であると断った上で希望者にのみ花菖蒲展のカードを配った結果、用意した100枚のカードがまたたく間になくなってしまいました。彼等のうち、何と60名もの学生が主に土曜日、日曜日を中心に花菖蒲展を見にやって来たのです!もちろん、出席したからといって単位にはなりませんし、あくまでも個人の意志による自由参加です。中には、友人や家族を誘って一緒に来た学生もおりました。おそらく、主催された日本花菖蒲協会の当番に当たっておられた方々は、今年は例年になく若い人が大勢やってきたのでさぞ驚かれたことと思います。

 中には、協会のベテラン会員から植えかえや交配の実践トレーニングを受けている学生もいた程です。花菖蒲の裏表(正面はどちらか)など、かなりベテランの神髄を発揮するような質問をしている学生もいました。ただ、私は彼等の教員ですので、もし恥ずかしいことを聞いていたらどうしよう、と内心、かなりはらはらしていたのですが。

 これから紹介するのは、私が受け持っているコア科目の講義「生活と園芸」を受講している学生の、素直な花菖蒲に対する意見です。彼等の所属する学部はほぼ全学部に渡り、学年は2年生から4年生までの学生がほどよく調和していて、男女比率はほぼ同数で片寄りが無いものです。ページの関係で全員の思いを紹介することはできませんが、花菖蒲に関するかなり客観的な意見とみなしてよろしいのではないかと思います。
 さて、読者のベテランの皆々様は、これから御紹介する「今の大学生たちの感性」をいかが感じられるでしょうか?まずはとくと御覧戴き、今度は逆に諸先輩方のご意見を是非とも賜りたいと思います。なお、学生には自由に記載させておりますので、やや失礼と思われる表現もありますが、その点は「広い心で」どうかご容赦戴きたいと思います。

 ◎玉川大学の学生等による「フラワーセンター大植物園内花菖蒲展見学」レポートのページへ

(記事は下に続きます)
花の構造を聞く学生 花菖蒲展の鑑賞方法について聞く学生
椎野理事長のお話を聞く学生 写真撮影の手ほどきを受ける学生
植えかえ作業の説明を聞く学生 植えかえ作業完了
2.玉川大学における、花菖蒲を使った研究への取り組み

 日本原産の園芸植物もスミレやサクラソウ、果樹ではカキなどそのまま日本語で呼ばれているものもあります。花菖蒲はどうでしょうか?日本原産の素晴らしい花であることは疑いありません。いくらでも自慢できるものがありますが、残念ながらあまり世界的に知られていないのはなぜでしょうか?日本人自身がこの花の魅力をあまり知らないのでないか?あるいは個人として知っている人はたくさんいます。でも、啓蒙する人が少ないのではないのでしょうか?
 そのわりに、ガーデニングブーム、サラリーマンの帰農ブームがある割には、庭に花菖蒲を植える人がほとんどいないのは、なぜでしょうか?それには、私たち自身が、ややおもすれば自己満足の世界に浸ってしまい、若い人たちへの啓蒙活動をしていないのではないからではないでしょうか?
 そのような理由で、花菖蒲が植物の遺伝資源として重要であるばかりでなく、文化財としての価値も兼ね備えていることに注目し、日本各地に自生するノハナショウブの探索や、長井古種、江戸系、伊勢系、肥後系品種を、日本花菖蒲協会の皆さんの御助力を全面的に受け収集・保存して維持・管理する技術の開発、花の鮮度を保たせる研究や、近年流行のDNAレベルなどの科学的な面から追求しています。また、江戸時代の古文書や浮世絵などの文献を解析したりして、理科系、文科系の幅広い知識を融合させ、花菖蒲を総合的に捉えていこうとする研究を学生と一緒になって展開しております。
 花菖蒲は、わが国原産の貴重な遺伝資源、文化財ですが、私が思うにいずれは「第2のトキ」になる危険性をはらんでいるといえるかもしれません。そこで、一刻も早い遺伝資源、文化財としてのノハナショブやハナショウブの保護と維持・管理体制の確立、誰でも使える研究のための「遺伝子銀行」(ジーンバンク)としての機関の設立が急務であると考え大学、学生の全面的なバックアップを得て精力的な研究に取り組んでいます。」

3.これまでの発表例の紹介

 本学・農学部生物資源学科の植物機能開発科学領域では、関係各方面より御協力を戴き、以下のような研究活動を行っております。以下にそれらを紹介をします。
1.花菖蒲やアヤメ、シャガ、キショウブの花の日持ちを良くする関する研究
2.リゾクトニアにかかりやすい品種の原因解明
5.遺伝資源、文化財としての品種の収集、保存と品種の維持管理方法の確立
6.野生のノハナショウブの変異性の探索
7.浮き世絵からみた、花菖蒲と江戸時代の人々との関係
8.大船系、および明治神宮の花菖蒲の収集と保存
9.花菖蒲の種子発芽に関する研究
これらの研究のうち、すでに昨年来、3報告を園芸学会にて発表しておりますし、今後はもっと増える予定です。卒業論文で花菖蒲をテーマとしたい学生数も例年増えつつあります。なお、研究例の一端を下欄に載せました。

4.今後の目標

・品種保存・維持・管理技術の確立
 野生のノハナショウブを含めて、できるだけ多くの花菖蒲品種を学園内に、 永久的に保存して、日本花菖蒲協会の皆々様はもちろんのこと、研究、教育の両面に渡って広く研究を展開しながら、花菖蒲の啓蒙の一端を担うことができればと思います。出来れば「遺伝子銀行(ジーンバンク)」的な役割を担うことができればよろしいのですが。
・花菖蒲を知ってもらうー学生をはじめ、一般の人々への啓蒙
 多くの人は今だに花菖蒲は、水辺にないと育たないから無理、という気持ち
があります。花菖蒲の栽培技術を確立していく中で、啓蒙活動ができれば将来、
「花菖蒲人口」が増えるかもしれません。
 もちろん、園芸学会など大きな学会にも積極的に研究成果を発表して、学会においても日本の伝統園芸植物を知ってもらう努力をしたいと思っています。
・花菖蒲を通して、花を愛する心や感性を養う
 花菖蒲は実に神秘的な花で、見る程に飽きない園芸植物です。繊細に見える中にも強い生命力を感じます。花菖蒲の栽培や、教育・研究を通して「心と感性の豊かな人間形成」が出来ることを願ってやみません。
   
「花菖蒲の花はなぜしおれる?」
 花がしおれる原因を調べた研究例。花被の外側から花被を壊す酵素(黒い部分)が活性化して、これが花被全体をしおらせることが明らかになりました。