学生とともに、やさしい風を感じる・・・
玉川大学農学部 生物資源学科
植物機能開発科学領域 園芸植物学分野
助教授 田淵 俊人
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学生たちと一緒にノハナショウブを見に行ったときのことです。目の前でやさしい紫色をした花たちが右に左にと揺れ、やさしい風が頬をくすぐる・・・。
花菖蒲園で栽培品種の花菖蒲を観賞しても、吹いて来る風はやはり同じ・・・。
ノハナショウブや花菖蒲はあたりの空間を自身の色でそっと包み込んでしまうかのようなやさしさがあります。そのようなやさしい風と空間を研究・教育の現場で感じて、そして学生たちとともに新しい風を創造していきたい。そのためには、学生たちにはまずやさしい風を感じ、風の醸し出す流れに触れて卒業して欲しい、そんな無垢な願いだけであっという間に3年が過ぎていきました。
この間にノハナショウブや花菖蒲を卒業研究テーマに選んだ学生は延べ15名を数え、来年度もすでに希望している学生、また本学初のノハナショウブ専門の大学院生が誕生します。国内外での大きな学会にも相応数の発表を連ねてくることができました。
研究者・教育者は、時として社会的責務を果たすためになすべき最低限の立場やルールに縛られなければなりません。しかし、植物を扱っている場合には何をすべきでしょうか?それは花が醸し出すやさしい風、それを感じる心、受け入れる寛容で素直な優しい心を有する人物になることであると思います。こちらから花に立ち向かっていこうとするならば、花は必ずや口を閉ざすことでしょう。花々が発しているいろいろな「風」を感じ取ろうとしる心さえあれば、自ずから花はたくさんのことを教えてくれます。花は見るものでなく、そっと見せてもらうものなのでしょう。
世界中に美しい花はたくさんあります。その中でもノハナショウブや花菖蒲が発する風は特にやさしく感じます。そのようなところが、日本が世界に誇るべき花であることの所以なのではないでしょうか? 本年から、研究室に新たな風が吹き始めました。これまでの野生種のトマトの研究に加え、ノハナショウブと花菖蒲をわが国固有の遺伝資源、文化財として捉え、大学の「目玉」にしていくという大変ありがたい風です。これらの成果は、協会の皆々様が暖かい眼差しがあってこそ成し遂げられた賜物に他なりません。我々を美しき世界へ導いてくださった諸先輩の方々には心より感謝申し上げます。
なお、学生たちの文章は私が手をつけたものはほとんどありません。彼らの文章力や言い回しよりも、吹いてくる「風」をぜひ感じ取って欲しいと思います。
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薄 雲 |
私と花菖蒲の出会い、
そして現在
玉川大学農学部 生物資源学科4年 松下 芳恵
私は、大学3年生になるまで花菖蒲という植物を知りませんでした。花菖蒲を初めて知ったのは、先輩が卒業研究論文で取り組んでいたことからでした。そして、私が花菖蒲の魅力とりつかれたのは、6月に田淵先生に誘っていただき、大船植物園の展示会に行ったことでした。そこで、初めて咲いている花菖蒲を見ました。群れて咲いても良し、1花で咲いても優雅や迫力がある。大きさや形はもちろんのこと、何より私が惹かれたのは花菖蒲の色でした。
今まで私がよく目にしてきた花は、チューリップやコスモス、バラ、などピンクや赤などの暖色系の花が多く、明るさを感じました。しかし、花菖蒲は紫色や群青色など寒色系が多いにもかかわらず、花の優雅さや暖かさを感じました。そして、その中で特に私の目をひいたのは、大船種の「薄雲」でした。色、形がその時の私にはとても気に入りました。そして、現在、私は大船種の花菖蒲について春の園芸学会で発表し、卒業研究論文に取り組んでいます。
今でも「薄雲」は私の1番のお気に入りです。卒業研究論文に取り組みはじめ、私は自分の手で初めて花菖蒲を育ててみて、さまざまなことを感じることができました。酒中花などさまざまな品種を育てましたが、毎日花が咲くか心配で心配でたまりませんでした。丹精込めて育てた花菖蒲が咲いたときは本当に、本当にうれしくてたまりませんでした。1つの花は3日間しか咲きませんが、花が開花したときの感動は3日間以上のものがありました。
花菖蒲に出会ったまだ2年、育てて1年が経ち、私はまもなく卒業しますが、学校で育てたお気に入りの品種の花菖蒲を自宅に持ち帰り、これからも一生花菖蒲を育てていけたらと思っています。
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ノハナショウブと云う名の夢
玉川大学農学部 生物資源学科3年 市川 裕介
今日、日本の文化は他国の文化に飲み込まれ、その姿が廃れつつあります。本来、日本人がもっていた、水墨画に見られるような墨の濃淡で美しい情景を描くと云った日本人本来の美意識も・・・。その精神を今も変わらぬ姿で伝え続けているのがノハナショウブです。ノハナショウブに見られる色彩や花形は決して派手なものではありませんが、よく注目するとそれらはみな微妙に異なり、それぞれの風情を感じさせるのです。これこそ日本人が愛してきた「美しさ」ではないでしょうか。
しかしながら、これらのノハナショウブはその生息地が奪われいまや絶滅の危機に瀕しています。私は、これからもこの日本の美しい文化を守り続けるために、ノハナショウブを保護する研究をしたいと思いました。また、海外にも花菖蒲のよさをもっと広めることができればよいと考えています。
これまでも、花菖蒲は海外に紹介されてきましたが、一部にとどまっているようです。それは、海外の土壌がアルカリ質であること、あるいは乾燥しているなどに起因していると考えています。そこで、私は一部のノハナショウブが持つと云われる耐塩性=耐乾性の性質を研究し、花菖蒲にこの形質を導入することによって世界に通用する花菖蒲の開発を目指したいと考え、目下、卒業研究に取り組んでいます。
研究室内の温室には日本各地のノハナショウブが由来がはっきりとして、絶対に混ざらないように厳重に維持・管理され、野生のトマトと並んで貴重な遺伝資源の宝庫になっています。その栽培・管理の一端を任されていることに今私は至上の喜びを感じています。
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私が知ったノハナショウブの魅力
玉川大学農学部 生物資源学科4年 平松 渚
私が卒業研究の題材として花菖蒲を選んだ理由は、花菖蒲がとても興味深い植物であることを知ったからです。花菖蒲について全く知らなかった私が花菖蒲を知ったきっかけは、大学2年の時に受けた授業でした。万葉集にも登場する実在しない「はなかつみ」とし考えられてきた植物として「ノハナショウブ」が紹介されており、また、幾つかの品種の花菖蒲の写真を見ました。それが、私と花菖蒲という植物の出会いでした。色々な形や色のある面白い植物だなとその時、感じ、興味を持ちました。
大学3年では、花菖蒲について知る機会が多くなり、その品種の多さにとても驚かされました。長井系、江戸系、伊勢系、肥後系とそれぞれ異なった特徴を持ち、また、品種ごとに色や形、配色パターンなど違っていて、見ていて飽ず、ますます花菖蒲に興味がわきました。
花菖蒲について学んだ中で私が最も驚いたことは、この多種多様な品種が存在する花菖蒲が、「ノハナショウブ」というたった一つの植物種をかけ合わせただけで育種されてきたという点です。ノハナショウブは、一般的に3英で、赤紫色、すっきりとした花容でとてもシンプルな花を咲かせますから、花弁が大きく発達した品種や6英の品種、様々な色や配色を表す品種が出来上がったことが信じられませんでした。
しかし、そのシンプルなノハナショウブの中にも、多くの変異があることを知りました。花色にも赤紫の中でカラーバリエーションが存在したり、まれにピンクや白、青味を帯びる花色を持った個体があること、垂れ咲きの他に平咲きなどの個体も存在すること、花弁の大きさや形にも違いがあることなど、細かく見ていけばきりがありません。これだけ様々な特性を持っているのにも関わらす、ノハナショウブをただの野草として扱ってしまうのはもったいないと思います。これからの育種素材としても遺伝資源としてもとても重要になってくると思います。また、花菖蒲は日本の文化的財産ともいえる、日本が誇れる植物の一つです。その元となったノハナショウブの凄さ、重要さを自分でも学ぶと共に、多くの人たちにも知ってもらいたいと思い、私はノハナショウブの研究を卒業研究論文のテーマとすることにしました。
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花は極小輪の矮性で、薄い桃色に微妙な
「波うち」が調和して流れるような美しさがあ
ります。 |
青みがかった丸弁で、内弁も短くて丸いよ
うに見え全体がふっくらとした感じに見えます。
右のアブ?は私です。 |
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ノハナショウブ
富士山麓朝霧高原自生個体 |
ノナショウブとの出会い
〜青に魅せられて〜
玉川大学農学部 生物資源学科4年 渡邉 千春
花菖蒲は、もともと花の中では好感をもった類いでした。しかし、大学で花菖蒲を多く取り上げた講義を受け、関心はさらに高まっていきました。最初に惹かれたのは、園芸品種の花菖蒲の中の、江戸,肥後系の花菖蒲でした。
江戸系は、凛とした中に見える楚々とした立ち姿と、それに見合ったバランスの取れた小振りな花器がとても魅力的で、歌舞伎役者の女形のような印象でした。
また肥後系は、江戸系とは対照的な、多彩で大振りな花器、大胆ではあるが繊細な立ち姿から、座敷に咲き誇った、今が盛りの艶やかな舞妓のような印象でした。園芸品種の花菖蒲に感じられたのは、あくまで観賞用としての観点から見た印象がほとんどでしたが、卒業研究論文の題材として花菖蒲に的を絞っていく中で、全ての花菖蒲の原点である、野生のハナショウブ(以下ノハナショウブ)の存在を知って、その存在に急に惹かれていきました。
ノハナショウブには、園芸品種の花菖蒲には無い神秘性が強く感じられ、いつしか、ノハナショウブは私の卒業研究論文の題材になっていました。しかし、さらに的を絞り、富士山に自生しているノハナショウブに惹かれてしまいました。ここのノハナショウブは、花弁の色が、他には見られない鮮やかな青色を発現していることが最大の特徴です。バラのような他の園芸植物では、作出が困難といわれている青い花ですが、このノハナショウブは、はじめから真っ青な色をもっています。まだ青色の発現要因など明らかになっておらず、そのことが、このノハナショウブの神秘性を一層際立たせています。開花期間中、緑一面の原野に青色が点在する光景は、自然界には似つかわしくない、ひどく非現実的な光景ですが、それゆえに、野生の種でありながら、野性味を感じさせない繊細な美しさを感じることができます。 現在、私は富士山に自生する青いノハナショウブの実生繁殖と、発芽率、処理区を用いた生長量の調査を行っています。繁殖はとても良好で、現在約600株あまりのノハナショウブの生育に成功しています。順調に生育すれば、来年の初夏には、その神秘的な青で圃場を彩り、短い開花の間、幽玄の世界へと導いてくれることを期待しています。
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ノハナショウブ
長野県入笠山自生個体 |
花菖蒲に想いを寄せて
玉川大学農学部 生物資源学科 3年 田中 弘子
花菖蒲というと日本古来の伝統的な花というイメージがありますが、私は以前まで花菖蒲という花をあまりよく知りませんでした。しかし、玉川大学の田淵先生の研究を知り、大変興味を持つようになりました。特に日本各地に自生するノハナショウブの、シンプルな外観でありながら独特の雰囲気を持つ美しさにはとても魅力を感じています。
今年7月に訪れたノハナショウブの自生地の一つである長野県の高原では、湿地帯に咲くノハナショウブを間近で見ることができました。その一つ一つをよく観察してみると、面白いことにそれれの花には全く異なる変異が生じていました。ある花は花弁が丸く垂れていたり、またある花はきれいな藤色をしていたりと、同じ湿地帯に咲く花であるにもかかわらず草丈や花弁の色、形には数え切れないほどの多種多様な変化がありました。これらの変異は各地の自生地の間でも起こっていることがわかっており、地域間ではさらに大きな変化があります。
江戸時代から盛んに栽培されたという園芸植物としての花菖蒲は、このようなノハナショウブの変異を元にして作られたといいます。なぜノハナショウブにはこのような変異が存在するのか。また現代のような育種技術を持たない江戸時代に、どのようにして複雑な園芸品種を作り上げたのか。未だに解明されていない研究分野が多いのも、花菖蒲の魅力の一つです。
現在、これらのノハナショウブは、自生地の汚染などにより絶滅の危機に瀕しています。しかし、このノハナショウブの遺伝資源としての重要性は一般的に認知されておらず、自生地は年々減少しているのが現状です。私はこれらのノハナショウブの研究に携ることで、ノハナショウブの遺伝資源としての保護と保護の必要性を訴えることに少しでも貢献していきたいと思っています。
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