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 ハナショウブを中心とする種間雑種について
    
         
                                    宮崎大学農学部 藪谷 勤  

1. はじめに

 Lawrence(1959)によると、アヤメ属(Iris)は242の植物種を含み、北半球の温帯地域を中心に広く分布している。そのうち、我が国における自生種としては、ノハナショウブ、カキツバタ、アヤメ、ヒオウギアヤメ、エヒメアヤメ、シャガおよびヒメシャガの7種が知られている。また、ヒオウギアヤメにはキリガミネヒオウギアヤメとナスヒオウギアヤメの2変種が存在する。これら7種2変種のうち、ノハナショウブだけが園芸種、ハナショウブとして著しい発達を遂げ、現在、数多くの品種が育成されるまでに至っている。このような品種は種内交雑により育成されているため、数種の種間交雑により園芸種として発達したジャーマンアイリスと比較すると、花色や花型等の多様性に乏しい。そこで、種間変異を利用し、ハナショウブにおける育種の効果を飛躍的に増大させることが必要であり、筆者の研究室では、近縁種や遠縁種の有用変異を利用した本種の育種に関する研究を手がけている。ここでは、これまでに獲得されているハナショウブを中心とする種間雑種について紹介したい。

2. 近縁種間の雑種

 アヤメ属植物の分類によると、ハナショウブが属するApogon亜節Laevigatae系には、本種の他にカキツバタ、キショウブ、I. virginicaおよびI. versicolorの4種が含まれる。ハナショウブは、これら近縁種との間でいずれも種間雑種が獲得されている。獲得された雑種のうち、カキツバタxハナショウブおよびI. virginica x ハナショウブの雑種は胚培養により得られた。一方、キショウブxハナショウブおよびI. versicolor xハナショウブでは、交雑により発芽可能な種子が得られるが、胚培養により効率的に雑種植物が獲得されている。さらに、ハナショウブ以外の近縁種間の交雑においても胚培養は雑種獲得の有効な手段となっている。
 Laevigatae系4種におけるハナショウブの育種に有用な形質は、キショウブの黄色花色とカキツバタの早咲き性および四季咲き性である。まず、キショウブとハナショウブの雑種についてみると、冨野・桜井(1972)は最初の雑種獲得を報告し、次いで大杉(1974)は種苗法に基づく最初の雑種品種「愛知の輝」(図1A)を登録した。その後も「小夜の月」、「金鶏」、「金冠」、「金星」、「みどり葉黄金」など多くの雑種品種が育成され、しかもこれらの品種は黄色ハナショウブとして高い人気を博している。黄色ハナショウブの育成には、主として父本にハナショウブの白色品種を供試されるが、雑種の黄色は母本に二倍体より四倍体キショウブを用いた方が強く発現した(図1B)。また、ハナショウブのマゼンタ品種とキショウブとの交雑により、オレンジやオレンジ赤の雑種品種の育成が試みられている。さらに、ハナショウブの花色によっては茶色や赤褐色などの雑種品種の獲得も可能である。しかしながら、雑種品種の種子稔性は全く認められないので、これを育種材料として利用することはできない。そこで、このような不稔性を克服するために、雑種品種へのコルヒチン処理により複二倍体(四倍体)品種、「小夜の月」、「金星」および「初穂」(図1C)が獲得されている。これらの複二倍体品種は稔性が回復し、次の新品種を育成するための育種材料としても利用できる。以上のように、キショウブとハナショウブの交雑では、前者のカロチノイド色素(β-カロテン、ルテイン、ネオキサンチン)を利用したより魅力的な雑種および複二倍体品種群が形成されつつある。
 次に、カキツバタとハナショウブの雑種についてみると、藪谷・山縣(1975)は胚培養により最初の雑種を獲得した。その後も数種の雑種系統を得たが、その開花期は両種の中間型となり、また雑種系統では四季咲き性が認められず、いずれも不稔であった。そこで、筆者 (1984)はコルヒチン処理したカキツバタ(品種「四季咲」)×ハナショウブ(品種「花鳥」)の雑種胚の培養により、複二倍体(2n=56)(図1D)を獲得した。この複二倍体では、種子稔性の回復が認められたので、ハナショウブの二倍体および四倍体品種との交雑を試みたが、四倍体品種「Raspberry Rimmed」との間にだけ雑種(異質同質四倍体、2n=52) (図1E)が得られているが、いずれの雑種個体も不稔であった。さらに、カキツバタ×ハナショウブの複二倍体とキショウブの間でも雑種が獲得され、この雑種はハナショウブ、カキツバタおよびキショウブの三基雑種(2n=45)となるが、未だ開花するまでに至っていない。
 ハナショウブの種間雑種としては、先に述べたようにI. virginica ×ハナショウブ(図1F)とI. versicolor × ハナショウブで得られているが、両雑種とも新たな観賞価値は認められない。また、その他の我が国に自生する種の種間雑種としては、I. virginica×カキツバタ、I. virginica×アヤメ(図1G)、I. versicolor×カキツバタ、アヤメ×ヒオウギアヤメおよび四倍体ヒオウギアヤメ×カキツバタ(図1H)でも獲得されており、これらのうち、I. virginica ×アヤメの雑種は花が大きく魅力的であり、新たな園芸種として期待されている。一方、アヤメ×ヒオウギアヤメおよび四倍体ヒオウギアヤメ×カキツバタの両雑種とも園芸的には注目されないが、前者はシガアヤメ、後者はキリガミネヒオウギアヤメとナスヒオウギアヤメの起源を解明する上で重要な雑種である。そこで現在、当研究室ではキリガミネヒオウギアヤメ、ナスヒオウギアヤメおよび四倍体ヒオウギアヤメ×カキツバタの雑種を用いて、Genomic in situ hybridization (GISH)法により両種の起源を解明する研究を進めている。

3. 遠縁種間の雑種

(1) 細胞融合による体細胞雑種の獲得

 先に述べたように、黄色ハナショウブの育成は近縁種、キショウブの利用により成功したが、ハナショウブの更なる育種を進めるためには、近縁種ばかりでなく遠縁種の利用も必要である。例えば、ジャーマンアイリスは豊富な花色や芳香性を有するが、ハナショウブとの交雑において受精も生じず、両種の間には極めて高い交雑不和合性が存在している。このような遠縁種間の交雑では、通常の交雑や胚培養により雑種を獲得することは困難であるが、細胞融合により体細胞雑種の獲得が可能となっている。細胞融合を成功させるためには、プロトプラスト培養系の確立が前提条件である。当研究室では、これまでにジャーマンアイリス、ダッチアイリス、チャショウブおよびハナショウブにおけるプロトプラスト培養系を確立している。さらに、ハナショウブとジャーマンアイリス、ハナショウブとチャショウブおよびジャーマンアイリスとダッチアイリスの体細胞雑種の獲得にも成功している。今後、このような体細胞雑種からも新規花色を有し、観賞価値の高い雑種品種の育成が望まれる。

(2) 遺伝子組換え技術の利用

 ハナショウブの花色素(アントシアニジン)では、ペラルゴニジン、シアニジン、ペオニジン、デルフィニジン、ペチュニジンおよびマルビジンの主要6種類のうち、これまでのところペラルゴニジンの存在だけが確認されていない。また、ペラルゴニジンは他のアヤメ属植物においても検出されていない。従って、華麗で多彩な花色を誇るジャーマンアイリスでもペラルゴニジン型アントシアニンを生成できないため、鮮やかなオレンジ赤の品種は見当たらない。この問題を交雑育種法や体細胞融合法により解決することは不可能である。何故ならば、交雑育種や細胞融合に利用できる有用遺伝資源は、種内やより近縁な種に限定される。このような限界を克服するために開発されたのが遺伝子組換え技術であり、カーネーションの青紫品種「Moondust」は遺伝子組換え品種として既に国内で切り花として販売されている。また最近、遺伝子組換え技術によりパンジーのアントシアニン生合成遺伝子をバラに導入し、青色系バラの作出に成功している(勝元・田中2005)。英語の辞書によると、blue roseは不可能を意味しているが、これからは辞書の修正が必要であろう。このような遺伝子組換え技術による品種の育成は、種間交雑や細胞融合と異なり、種間の不和合性に関係なく、目的の遺伝子だけを導入できる利点を有している。
 アヤメ属では、Jeknicら(1999)がアグロバクテリウム法よるジャーマンアイリスの効率的な形質転換系を最初に報告した。また、当研究室でもジャーマンアイリスやチャショウブにおいてアグロバクテリウム法より形質転換体を獲得し、しかもその形質転換体における倍数性や導入遺伝子のコピー数を明らかにしている。また、ハナショウブではアントシアニン生合成酵素、アントシアニン3-アシルトランスフェラーゼやアントシアニン5-グルコシルトランスフェラーゼ(5GT)の特性を明らかにし、その生合成経路の末端部を提案した。一方、ダッチアイリスではアントシアニン生合成遺伝子、アントシアニジン3-グルコシルトランスフェラーゼ(3GT)および5GTのクローニングに成功するとともに、その他の生合成遺伝子に関しても研究を精力的に進めている。今後、ハナショウブにおいてもアントシアニン生合成に関する分子遺伝学的解析が進み、遺伝子組換え技術が確立すれば、本種にペラルゴニジン型アントシアニンによる鮮やかなオレンジ赤の品種を育成することも十分可能である。
 以上のように、ハナショウブでは従来の品種間交雑に加えて、種間交雑、胚培養および細胞融合による新たな雑種の獲得、さらには遺伝子組換え技術の積極的な利用により、ますます魅力的な新品種が作出されることを期待したい。

参考文献

Garden irises (1959), Randolph, L. F. (ed.), Cayuga Press.
勝元幸久・田中良和 (2005) 青いバラへの長い歩み. 化学と生物43: 122-126.
世界のアイリス (2005), 日本花菖蒲協会編, 誠文堂新光社.
植物色素研究法 (2004), 植物色素研究会編, 大阪公立大学共同出版会.
図解花のバイオ技術 (1992)、新美芳二編、誠文堂新光社.

図の説明

図1 ハナショウブを中心とする種間雑種
A: 「愛知の輝」、B: 四倍体キショウブxハナショウブ(夕霞)、C:「四倍体初穂」、D: 複二倍体〔カキツバタ(四季咲) xハナショウブ(花鳥) 〕、E: 同質異質四倍体〔四倍体ハナショウブ(Raspberry Rimmed) x カキツバタ(四季咲) 〕、F: I. virginica x ハナショウブ(小紫)、G: I. virginica xアヤメ、H: 四倍体ヒオウギアヤメxカキツバタ(野生型)