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 保存ヘの意識改革
         
                                        理事長 椎野 昌宏  

 花菖蒲を保存の観点から改めて考えてみよう。保存とはそのままの状態に維持すること、もとのままに保つことと辞書に記述されている。そのままの状態に維持するとは花菖蒲の祖先のノハナショウブが生まれ育った土地、すなわち故郷の自生地をその状態で維持することであり、もとのままに保つとは江戸の古花から現代にいたる間に松平菖翁を始めとする育種家が作り、発表した優れた園芸品種をそのままの形態や花容で維持することである。この二つの面から保存の重要性を考究してみよう。

 先ず園芸品種の保存についてであるが、花菖蒲は株分けによる栄養増殖による保存であるから、栽培者が取り違えたりまた枯死させたりしないかぎり、理論的にはもとのままに保たれ後代に伝承されるはずである。性を介した生殖、つまり受粉し結実した種子による繁殖とは異なり同じ遺伝子のコピーをもちながら、独立した株を増やしつづけて、クローン生長を可能とする。ただし同じイリス属の仲間、シャガのように三倍体でもともと種をつけないでクローン増殖する生態のものとは異となり、花菖蒲の園芸種は受粉による有性生殖から生まれたものをその後、株分けによりクローン生長させているものである。そして栽培などの人為操作に依存するためいろいろな事情により減滅する可能性は高い。最近菖翁の代表作といわれる[宇宙]の現存する株の真贋が論議されているが、栽培人の系図があるわけでもないし、残された古文書の植物画によって比較判断するよりほかないように思える。この点はこれから皆で論議するテーマであるが、花菖蒲愛好家の私たちとして必要なことは皆が保存の意識を強く持つことである。そのために重要な品種の株は出来る限り信頼できる仲間にも分けておくこと、また花菖蒲園の所持している古花などの優秀品種の鑑別や保存に協力することなどである。正しい品種名をチェックするデータとして、品種ごとの画像を録画してCDに残すため、協会内に画像ライブラリー部門を創設する計画を前号の巻頭言で述べた。詳しい内容は別の記事に記載されているので、読まれて皆さんのご協力を得たい。完成すれば、これにより後代の人が品種の正確な鑑定をするための拠りどころとすることができよう。

 つぎにノハナショウブの自生地保存の問題について考えよう。現在ノハナショウブが群落として自生しているのは北日本の海岸付近の草原地で、北海道の野付半島、霧多布湿原や東北の下北半島等にまとまっている。また北敏幸会員からも会報で報告されているように九州の阿蘇にも見られる。然し筆者の在住している神奈川県ではほとんど自生しているという話は聞いたことがない。イリス属の他の仲間、例えばエヒメアヤメやトバタアヤメのように絶滅危惧品種として地元自治体や民間の保存団体が熱心に保護しているものもあるが、ノハナショウブについては一部自治体が絶滅危惧品種とか天然記念物として指定し保護しているものの、あまり周知されているとはいえない。エヒメアヤメやヒメシャガとは違い分布地域が広いので緊急性を認識しないのであろう。都市化の進展や気候変化の推移で長期的にみると安心してはいられないはずである。私たちの協会としても花菖蒲という伝統園芸品種に集中するだけでなく、ノハナショウブの研究調査にも力を注ぐべきである。さいわい一部会員がノハナショウブの持つ自然の美を再発見し会報などを通じ訴えていることに共鳴する。展示会にも必ず出展されるようになった。またノハナショウブの園芸学的分類を明確にしようとする提案もある。自生地のそのままの状態で維持することは地元民の意識の高まりがなければ不可能で困難な課題だが、先ず私たち協会がノハナショウブの栽培を手がけその魅力を人々に伝えることから始めなければならない。

ノハナショウブ