『世界のアイリス』発刊にあたって
元誠文堂新光社 宮田 増美
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刊行の経緯
平成十五年の春、誠文堂新光社の出版部に在籍していた当時、日本ベゴニア協会編の 『ベゴニア百科』を発刊した。この折、当協会理事長の椎野昌宏氏が、同書の編集に携わっていた。
同書が刊行された年の六月、椎野氏から連絡があり、「花菖蒲とジャーマンアイリスを一つにまとめたイリス属の本を出したいのだが……」という話を持ちかけられた。
椎野氏は花菖蒲のみならずカキツバタやその他のイリス属全般の育種を試み、さらに世界の育種家と交流の深い清水弘氏と組んで、日本の園芸文化としての花菖蒲と、西洋の園芸文化としてのジャーマンアイリスを通して、イリス属全体をまとめた本を出版したいということであった。
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この話が来た時、私はすぐに毎年春に東京ドームで開かれている”世界ラン展=@のことを思い出した。 ランと一言で言っても、明治時代以後に欧米から入ってきた洋ランと、俗に東洋ランと言われる日本春蘭、寒蘭、ケイ蘭、報才蘭、および長生蘭、富貴蘭(フウラン)、それにエビネなど、江戸時代から親しまれてきた日本に自生する蘭類とはその世界(業界)がまったく違っているにもかかわらず、ラン科植物の大展示会として非常に賑わっていることだった。
主催者側は 外国から来られるラン愛好家にとっては、東洋ランもラン科植物の仲間であり、その観賞方法が違うだけで、彼等は日本のランについても興味を持っている人が多いので……″ということで東洋ランのセクションも設け、東洋ラン関係の方々に出展を呼びかけたのだ。
東洋ランの業界では初め あの派手な洋ランと一緒では……≠ニ二の足を踏んでいた人たちもいたようだが、展示会の蓋を開けてみると大変な賑わいで、少なくとも東洋ランのPRには大いに貢献をしたといってよいだろう。
ごく一般の園芸愛好家は洋ランを見に来ていたのだが、その会場にあった東洋ランの素晴らしさに驚かされた人も多かったようで、併設されていた即売場も賑わっていたようだ。
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さて、花菖蒲の世界である。日本の山野に自生するノハナショウブから発展した花菖蒲は日本の園芸文化として貴重な世界を作り出してきたことは確かなことだが、一方では、学校花壇や公園などで春に見かけるあの華麗なジャーマンアイリスも同じイリス属(アヤメ属)の花として親しまれてきた。
戦後、米国の園芸家は日本の花菖蒲の美しさに目をつけ、この花を自国に持ち込み、米国流に改良してきた(このことは、日本のツバキやツツジ類にも言える) ということもあるが、ここ数年、ITの技術革新が進み、インターネットを通して世界の情報が即座に世界に伝えられる時代になってくるにつれ、園芸界でも日本と欧米間で情報の交換や種子交換などが容易に行われるようになってきた。また、組織培養技術の発展で胚培養やさらには遺伝子組み換え技術も進み、イリス属内での遺伝子操作が頻繁に行われるようになってきている。
別の角度から捕らえると、イリス属内にはヒメシャガやエヒメアヤメ、コアヤメなど、日本では確固たるジャンルを持っている山野草″の業界としても注目されている小型アヤメといわれる植物が存在している。
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椎野氏、清水氏との第一回目の会合の折、小生は「花菖蒲、ジャーマンアイリスとイリス属というくくりで本にまとめるということには大変興味があります。これからの時代、ラン科植物を一同に集めた東京ドームのラン展のように、国際化ということを考えるとおもしろい企画だと思いますが……」と話した。
しかし、ちょっと気にしていたことは、小社でも過去に花専科シリーズ『アイリス』(日本アイリス協会監修・昭和四十四年刊)を刊行したが、それらがあまり良い成績ではなかったこともあって、この企画が社内の企画会議で通るのかどうかという懸念があったのだ。
そこで、「花菖蒲やジャーマンアイリスの写真は集まるとしても、世界のアイリスの原種、とくに中東地域の原種やその自生状況などの写真が集まったら世界のアイリス≠ニいうことで刊行しましょう」と約束し、社内的にも平成十六年七月の段階でこれらの写真が集まったら出版するという最終的な判断をすることとなった。
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それから一年間、椎野氏、清水氏を中心に、米国、英国、オーストラリアなどの国のアイリス協会と連絡をとったり、東アジア、中近東の植物写真を撮影してきた方々の写真を集め始めて、初期に目的とした以上の写真が集まり、小生もこれなら良い本となるだろうということを確信した。
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本書の特長
《カラー頁128頁・カラー840点》
●世界のイリス属の植物を、その原種および自生状況を紹介した上で、それらの変種、およびそれらから発展していった代表的な園芸品種を時代順に美しい写真で掲載。
●日本の園芸文化として重要な地位を占める花菖蒲についても、時代別、地域別にその中で発展していった花々を紹介するとともに、観賞の仕方や浮世絵などの絵画になってくるあやめ″を紹介。
●ノハナショウブやアヤメ、カキツバタ、エヒメアヤメなど、日本に自生するイリス属の原種やその変異種も豊富に紹介。
●バイオテクノロジーによって作り出された新しいアイリスも豊富に紹介。《本文112頁》
●日本の花菖蒲と欧米のジャーマンアイリスの園芸文化としての比較を通して、その特長や発展の経緯を詳しく解説。
●エヒメアヤメやトバタアヤメなど、日本に自生する貴重なイリス属植物の保護活動を紹介。
●ジャーマンアイリスばかりでなく、シベリアンアイリス、ルイジアナアイリス、カリフォルニアアイリスなど欧米のイリス属の育種についての解説。
本書の主な内容《カラー頁》
●花菖蒲。カキツバタの原種と園芸文化
●長井古種〜現代の品種
●各地の花菖蒲園
●カキツバタの原種と自生地
●ジャーマンアイリスとその原種
●ジャーマンアイリスの品種
●世界の原種アイリス 日本の原種アイリス 東アジアの原種アイリス 中央・西アジアの原種アイリス 欧州の原種アイリス ダッチアイリスの原種と改良品種 北米のアイリス
●最新のハイブリッドアイリス イリス属の分類とその分布 花菖蒲の歴史と文化 ジャーマンアイリスの成立 アヤメの原種保護 イリス属の種間交雑 シベリアンアイリスの育種 アイリスの改良と国際交流
☆その他品種解説一覧、他資料満載
本書の体裁
版型:四六倍判(週刊誌大ややワイド)
頁数:248頁(カラー128頁)
日本花菖蒲協会 編/著 |
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