道東のノハナショウブ 静岡県掛川市 永田 敏弘 |
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ノハナショウブは、花菖蒲の脇役の地味な花くらいにしか思われていないかもしれませんが、花菖蒲にたずさわるうち、素朴で飾らない美しさを持つこの花に、いつしか憧れるようになりました。 誰もいない原野と海だけの広く荒涼とした場所で、ハマナスの甘酸っぱい香りがする冷たい風に吹かれながらこの花の群落を見ていると、寂しさとともにすーっと心が開放されてゆくのを覚えます。炎のような紅色の花の群れは、私には、自然のかぎりない命の、一瞬の煌きのように思えるのです。花菖蒲の発達の謎解きからはじめた自生地探訪でしたが、今ではこの花が咲く原野に身を置くことが、何よりもまして大切な時間となりました。 【白糠町和天別川河口近辺】 地元のアイリス育種家、佐藤文治氏に案内していただいた場所です。釧路方面から国道三八号線で白糠の市街を抜け和天別川に掛かる橋を越したところを左折し、海岸に向かいます。この場所は観光地でも何でもない海岸沿いの荒地ですが、多く自生しており、花に変異が多く、色変わりこそ見られませんが、珍しいタイプの六英花や、鉾や芯が白く抜ける個体が観察されました。佐藤氏はここのノハナショウブから、花菖蒲としては奇想とも言えるユリ弁咲きの六英花を作出されていますが、その基となるような六英花が原野で観察できました。 【霧多布湿原】 琵琶瀬木道の先端部分や、シーサイドライン脇の湿原にも点々と見られました。霧多布湿原は北海道で三番目の大きな湿原で、時間の都合でくまなく探すことはできませんでしたが、他の場所にも大きな群落があるようです。花は北海道や東北で見られる一般的な花径のやや太い濃紅紫の花を付けるタイプでした。また厚岸から根室に至るまでの海岸は、断崖のリアス式海岸が牧草地になっており、ヒオウギアヤメこそ見られましたが、ノハナショウブは観察できませんでした。 【別海町走古丹(はしりこたん)】 春国岱と同じく、風蓮湖とオホーツク海を分ける砂州です。マイナーなポイントで、観光地化もほとんどされていませんが、全長およそ13kmほどの砂洲先端まで大型車でも通れるほどの道が整備されており、車道から夥しい数のノハナショウブが延々と観察できます。ノハナショウブを観察するには、道北のベニヤ原生花園とともに最高のポイントだと思います。なお、根室地方は夏場に濃霧が出ることが多く、同じく霧の多い釧路地方よりもさらに冷涼なため、昨年のような冷夏では開花の最盛期が8月はじめにずれ込むこともあるそうです。 【野付半島】 根室海峡に突き出した、弧を描いたような有名な砂嘴(さし)で、ここにも多くの自生が見られます。エゾカンゾウ、ハマナスも多く、ノハナショウブを観察するため車から出ると、ハマナスの甘い香りが風に乗って伝わってきます。半島の先端部分には無数のノハナショウブが咲く大群落があるそうですが、そこまでは車を降り、かなり歩かなければならないので断念しました。寒冷な場所なのか、ここも他の自生地より開花は遅れていました。 【能取湖】 サンゴ草で有名な汽水湖ですが、湖周辺の草地に所々自生が見られました。また湖西側の国道二三八号線沿いに100mほどの範囲にかなり集中して自生している場所がありました。ここは栄養状態が良いのか、他の自生地の一般的な草丈が50cm内外なのに対し、ここは100cmほどに育っており、その分草も花も大きくなっていました。また栄養状態が良く、隠れた性質が現れやすいのか、ノハナショウブではたいへん珍しい半八重の花も見られました。 そのほか、国道三八号線大楽毛白糠区間、春国岱(しゅんくにたい)、根室市北方原生花園、小清水原生花園、能取岬、常呂町ワッカ原生花園、湧別町コムケ原生花園にも、少量ですが自生が見られました。 以上、車で手軽に周れる場所ばかり見て来ましたので、くまなく探せばもっと見つかると思います。北海道でも内陸部に自生している場所もあるそうですが、今回観察した場所はどこも海岸の草原地帯で、内陸部には見られませんでした。ヒオウギアヤメやエゾカンゾウ、ハマナスなどとともに生えていることが多く、馴れてくると自生していそうな場所を車窓から容易に見分けることができました。 開花期は以前訪れた道北地方を含め、7月の20日前後が見頃のようですが、根室地方は夏場濃霧が発生しやすく、他の地域より冷涼なため開花は遅く、昨年のような冷夏では8月上旬にずれ込むこともあるようです。道東には阿寒湖、摩周湖など有名な観光地も多いので、それと組み合わせて出かけるのもよいと思います。 |
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能取湖の西側の自生地。大きな湖となだらかな網走の天都山をバックに、大群生が見られるポイント。本州の自生地では見ることができない、雄大な風景が広がる。 | |||||||||
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