この花は祖先に、雲井の雁、連城の璧、大淀、連鶴、桜獅子、雪嵐、桜の精などを持ち、江戸・肥後・伊勢の三系統の複雑な合成品種である。
特徴は下弁基部にある黄目の周辺に愛知の輝きや金星に見られる暗褐色の斑点が入ることである。このような斑点のある花菖蒲の純粋種は未だない。もしかしてキショウブの血が入っていたらと期待したが、稔性やそれ以外の特徴、交配記録からはそうは言えないようだ。
花菖蒲の黄目は花菖蒲の生存にとって一番大事な部分である。それはミツバチやハナバチを誘う蜜標であり、彼らが飛びながら蜜の在り処をさがす時の航空標識であり離着陸のときのプラットホームでもある。
この黄目周囲は他の部位と異なり花色素であるアントシアンやフラボン類が多量に含まれているようだ。小夜の月(キハナショウブ)の黄目周囲にあるV字型紫模様、花菖蒲のるり紺系品種ではこの部分が周囲よりいっそう青く見えるのは、これらのフラボンやアントシアンの量が多いからだという学者がいる。
黄目周囲は私の興味のホット・スポットである。花菖蒲の進化を考える際のヒントが隠されているように思える。肉眼的に見て石部桜の褐色斑点に一番近いのはキショウブやそれを元にした雑種に見られる褐色斑点だが、これは一体どういうことなのであろうか。
花菖蒲に一番近いものはキショウブだと言われているが、実はもう一種ある。学名をイリス・マッキー(Iris maackii)と言い、英名のUssuri River Irisから判るようにロシアのハバロウスク周辺を流れるウスリー川やアムール川一帯に分布するアイリスである。
草姿全体はキショウブやノハナショウブに近く花色は黄色、上弁はキショウブよりは発達しノハナショウブ程度はあり、キショウブに見られる基部の暗褐色斑点はない。
私もまだ、現物を見ていないのではっきり言えないが、「ノハナショウブ−イリス・マッキー−キショウブ」という平行進化の一本のラインが出来るのではないだろうか?
別に「ヒオオギアヤメ−アヤメ−コアヤメ」」のラインもありそうだ。これらの内、キショウブとコアヤメはユーラシア大陸の西側に、他のものは東側に生息し隔離分布となっている。また、双方のラインで上弁が小型のものがあるが、これらは意外と祖先の形質を残していると言えるのかもしれない。石部桜の暗褐色斑点は、これら進化の道筋に何らかの関係がある気がしてならない。
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