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 育種家、佐藤文治さんを訪ねて

       相模原市 清水 弘     

 平成14年6月29日、事務局の永田敏弘氏と北海道、釧路市の佐藤文治さんと訪ねた。
 自宅は釧路空港から程近く海岸線通りに面してあり、数年前に会社を定年され奥様と園芸を楽しむ悠々自適生活を過ごされている様子であった。
 氏の話によると釧路市内のこの大楽毛(オタノシゲ)地区は、以前は北海道でも指折りの大湿原地帯で季節には多くの草花が咲き乱れていたが、開発で大きなダメージを受け今では見る影もないということだ。
 氏のアヤメ育種については氏自身の筆にて皆さんに伝えてもらうことにしたので、私の方はその背景となった自然環境と野生変異を中心にお伝えすることにしよう。

 この大楽毛地区は、園芸愛好家にとっては実に興味深い場所である。世にはほとんど知られていないが、この地域はエゾカンゾウとエゾキスゲが混生する唯一の場所で、両者の雑種が生じ、非常に大きな変異を見せているところである。
 
実は、一昨年もこの大楽毛を訪れ海岸線沿いで、ヘメロカリスの変異と併せてヒオオギアヤメの変異にも気が付いてはいたが、その頃はまだ佐藤氏の存在を知らず手探りの状態であった。

 この辺りの冬季の冷え込みは氏の住む海岸線側と10km位入った内陸とは4、5℃は違うそうで、氏の圃場は自宅から離れたそのような場所にあった。訪れた日の数日前に7月というのに遅霜があったそうで、育種されたヒオオギアヤメ品種の蕾の多くが凍結して全体として無残な状態になっていたのが非常に残念であった。しかし、ある程度の花を見ることが出来た。

 私は米国やカナダ、ヨーロッパでのアイリス育種レベルについては、ある程度判るが純粋なヒオオギアヤメの育種では佐藤氏が一番進んでいると思う。私の見た範囲では、はっきりとした筋のはいる花は超一級品である。

 人知れずコツコツ育種を続けて来た結果であり、氏の取った種内変異の収集とその系統育種は、花菖蒲の育種と全く同様の手法で我が国の特徴的方法である。

 圃場見学の後、西隣の白糠町和天別にあるヒオオギアヤメの群生地を見せて貰った。やはり開発の手も加わっている場所だが、ヒオオギアヤメとシベリアアヤメ(イリス・サングイニア)が混生していて、両者の雑種があるという。植生的には本州の高冷地と似たところで、志賀高原でも両者の雑種が発見されシガアヤメと名づけられている。私は両者の雑種を人工交配で作ったことがあるが、シベリヤアヤメを母親に使った時のみF1が得られるようである。環境要素・近縁度・発見者の知的レベルから言って、ここに雑種が存在することはほぼ間違いないと思う。「ノハナショウブもこの辺りに沢山生えているので、其のころ、また来て下さい。」とのありがたいお誘いを受けた。

 最後にもう一箇所面白い変異の場所を見つけた。風連湖に程近い別海辺りである。以前の会報に「アヤメの仲間の葉を家畜は食べない」と書いたことがあるが、北海道や東北の牛馬を放牧している放牧場には、家畜耐性のヒオオギアヤメやノハナショウブが生き残って、賑やかに花咲いている場所がある。発見したその場所もそのようなところで、そこで私と永田氏はピンクやローズピンク及び薄紫色のヒオオギアヤメを発見した。
 
 日本のイリス属植物の中でノハナショウブに次いでヒオオギアヤメの変異が多いのではないかと思える。北海道では丈夫で道路脇にも生えるこのアイリスをもっと普及させるべきものと思うが、西日本ではやや弱そうな感じである。しかし、氏の育種品とは知らずに以前入手した薄紫色の八重咲品種は、我が家でもどんどん増殖してくるので、更なる発展の可能性を含んでいるように思えてならない。
 
 夏の北海道を訪れると、多くの原生花園はまさに花天国である。そこにはアヤメ、カキツバタ、ヒオオギアヤメそしてノハナショウブが微妙に時期を違えて咲き乱れる。ちょっと内陸部になると不思議とそれらの花にお目にかかれなくなってしまうのは、気候の違いであろうか。開発と人間生活との調和問題があるが、我等イリス党にとっては残したい自然である。