日本花菖蒲協会創立70周年記念祝賀会を、平成13年10月28日に東京日比谷の松本楼で開催し、参加者一同と喜びに包まれました。70年というと、人間の年齢では古稀にあたり、これは中国の詩人、杜甫の「人生70古来稀なり」の句に由来しますが、趣味の団体が70年も続くということはたいへん珍しく、偉大なことです。
花菖蒲は江戸時代後期に、江戸の観光園芸の花形として、堀切に多くの花菖蒲園が誕生し江戸人士に広く親しまれていましたが、明治以降、時代が進むにつれ徐々に下火となり、人々に忘れられていました。その復活をかけ、昭和3年に東京市の井下
清公園課長と、市川政司係長が中心となって、花菖蒲の展示会を日比谷公園で催したところ、市民の喝采を博しました。そして昭和五年、米国アイリス協会のリード博士の来日を契機に、日本花菖蒲協会が設立され、日本における花菖蒲の研究と栽培の基盤が確立しました。両氏をはじめとする創始者の方々の熱気がひしひしと伝わってくるような気がします。
それ以来、日本花菖蒲協会は70年の間に第二次世界大戦と戦後の混乱期を乗り越え、山あり谷ありの道をたどり今日まで続いています。会の保持、発展に尽くされ既に物故された多くの先輩たちの御霊に感謝致します。
しかし現在は、これら先輩達が予想もされなかった園芸界のグローバリゼーション(園芸の国際化)が急速に進んでいます。外国産種の植物が大量に導入され、園芸の方式もガーデニングがブームとなり、マンションの増加や宅地の狭隘化のために、インドアープランツが人気となりました。このような多様性をもった時代に、花菖蒲のような伝統花は今後どのような形でその優位な位置を保っていけるか、真剣に考える時代にさしかかっています。
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花菖蒲は米国などに明治時代から輸出され、かなり普及していることは喜ぶべきことで、米国では米国アイリス協会の下部機構として花菖蒲部会が活発に活動しています。開花期には各地にある個人の花菖蒲園がオープンし、たくさんの見物客を集めているようです。また、オーストラリアやニュージーランドでも花菖蒲を栽培する人は増えて来ているようです。
このような時代に、ご本家の日本でマイナーな植物になってしまったら情けない限りです。近年になって、国内では多くの花菖蒲園が造成され、開花期には花見客が殺到します。しかし観賞はするが、自分で栽培することはしないというのが日本での一般の気風です。彼らをいかに引き込み、花菖蒲を作る楽しみを教えるかが、われわれの課題です。そのためには、展示会を継続的に開催すること、いろいろなメディアを通じて花菖蒲を宣伝することが大切です。
日本の代表的な園芸植物であり、園芸文化の所産である花菖蒲を次世代に伝える責任を、この日本花菖蒲協会創立70周年にあたり、再認識したいと思います。
今回の会報は、創立70周年記念誌として、裏面より英文による花菖蒲の記事を掲載し、米国などの花菖蒲研究者や愛好家に読んでいただくことにしました。清水弘さんが今までに協会会報に書かれた記事を、同氏が英文に翻訳されたものです。これにより、花菖蒲愛好家の国際的な連帯ができれば幸いです。
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