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ノハナショウブの実 |
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さやを割って種子を出したようす |
当時は、日本産のアヤメ、カキツバタ、ハナショウブ、更に外国産のルイジアナアイリスやイリスバーシカラー等々を盛んに交配しており、採れた種子を並べて「何故、ハナショウブだけがこんな格好をしているのだろうか」と首を傾げてあれこれ思い悩んでいましたが、それでは答えが帰ってくる筈はありませんでした。今思うと、類縁関係がやや遠いユリ科植物の種子を一緒に並べてみれば良かったのです。皆さんはご存知かどうか判りませんが、ユリの種子の形もやはり扁平で、それが風によって運ばれる(風散布)という話は、一般的に認められているところです。
ノハナショウブの繁殖方式は水によって運ばれる水散布と風散布の二本立てだったのです。数ある好水性アヤメの内、何故かノハナショウブだけが風散布の方向に進化を開始していたのです。ハナショウブにおいて特に強く現れる嫌地現象もきっと、これと何らかの関係があるのでしょう。ノハナショウブは自根から何らかの物質(植物に対して毒に働く)を出して他の植物の進入を防止し、自分自身の生育場所を確保しているのではないでしょうか。しかし、過ぎたるは及ばざるがごとしの譬えのように、その物質が自分の周囲に蓄積し過ぎてくると自家中毒を起こしてくる。このような状態に陥った時、緊急避難的にノハナショウブは、より遠くに次世代の種子を飛ばす必要性が生じ、風散布という進化の方向を選んだという一つの仮説が成り立つのではないでしょうか。富士山の周辺にある溶岩原の小高い丘の上にもノハナショウブが自生しています。この場所は水辺からほど遠く、夏には相当乾燥するところで、ノハナショウブの持っている他種環境に対する広域適応性を連想させる生態を示していますが、この性質も風散布と大いに関係するでしょう。
北海道の旅から帰ってしばらくしてから、ノハナショウブ、アヤメ、カキツバタの種子をステンレス製の金網カゴに混入し、下方から家庭用扇風機で風を送るという簡単な実験をして見ました。思うように一定した風力や方向の風をつくり出すことは出来ませんでしたが、それでもノハナショウブの種子の一部は非常に風に乗りやすいことが判りました。こういった進化の方向性を園芸的に応用するとすれば、コスモスのように荒地にハナショウブの種子を播き、一大花園を作るということも強ち夢とは言えなくなるでしょう。
私は東洋欄を三十年近く栽培していますが、初期の頃読んだ栽培書の中に「蘭のことは蘭に聞け。春蘭の生えている山の中に足繁く通って、自生地の日当たりや風の流れを始めとする四季折々、変化する環境を頭の中に入れなさい。」との一文があったことが思い出されます。対象とする栽培植物を深く知るためには「原生地を訪れてみるのが一番だ。」ということを身をもって知りました。日本産のイリス属植物にエヒメアヤメという花がありますが、その種子は蟻が好んで運ぶ「動物散布」だそうです。この事実を報告した人も、きっと現地に何度も足を運び確かめたことでしょう。このような発見の喜びというものは、程度の差はあれ誰にでもあることですが、実生を楽しんでいる人達には、殊によくご理解いただけるところです。
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