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  私の花菖蒲栽培

    滋賀県大津市 冨増 和彦


 花菖蒲栽培のきっかけは、近所の遠縁のおじいさんから苗をいただいたことである。今から二十年くらい前であろうか。以前からフェンス越しに鑑賞させていただいていたが、プランターに栓をされ、湛水状態で栽培されていた。それで、水草は栽培しにくそうだなと思い、自分では手を出さずにいたが、園芸好きな私と家族のことをご存じで、ある日、株分け苗を頂戴したのである。
 それは、「稚児化粧」と思われる品種と、白花六英大輪平開咲きの2種であった。強健な品種であり、私も年中、湛水状態で栽培を始めたが、春先も腐ることなく、今でも毎年大輪の花を咲かせている。
 その後、これに気を良くして、大和種苗の通信販売で熊本系・伊勢系の十数品種を取り寄せ、多くは地植えとして楽しんだ。これらの一部には品種名に誤りがあり、ごく最近に本会に入会し、正しい名称を同定したく思っているが、なかなか困難である。十数種あった中で、地植えのため放任し消滅した「狂獅子:伊勢系」と「遠見桜」以外は現在も健在である。
 最も気に入っていた「遠見桜」とは、伊勢系三英、深垂咲きで縮や襞が多い、白色で鉾が薄紫覆輪の優美なものであった。その手弱やかさに反し毎年良く咲く強健なものであった。(保育社「カラーブックス」シリーズの冨野耕治著「花菖蒲」記載の「春眠」の写真に酷似しているが、別に最近取り寄せた「春眠」は薄桃色一色で、趣が異なる。)この「遠見桜」であるが、家人の不注意で廃棄処分されてしまい、今は手元にない。大和種苗では十数年前に二年ほど販売したきり、以後はカタログに掲載されず、いまだに残念で仕方がない。消滅した「狂獅子」ともども是非もう一度、花を見たいと願っている。

 さて、花菖蒲の実生は1990年に初花を見たのが取り組みの最初である。それはあの「遠見桜」の忘れ形見ともいうべきもので、自然交配で鞘が大きくなったのを取って蒔き、七0本ほどの実生が生じたものである。ちょうど親が廃棄されてしまったので、その子ならば再現されるかも、との期待もあった。残念ながら「遠見桜」に似たものは出ず、代わりに浅葱色・薄藤色系統の子が幾つか出て、好みのものを今に継承している。子の全ての開花を確認したので、父親は「春の海:アメリカ系との交配とされる江戸系三英大輪、紫で弁端にかけて薄れ、縁は白糸覆輪、黄色い蜜標が目立つ。早咲き高性」と推定されるが、その他の花粉がかかっていないとは言い切れない。

 これら実生は、ごく大輪でもなくさして新鮮味がないものかもしれない。しかし、薄色系統の優美さと強健さを備えており、草丈中庸で屋外でも倒伏しない。花色追求の目的の一つとして、純粋な青色もあるが、その系統としての水色・空色・浅葱色の実現をも目指したいものである。「瀞の光」などかなりいい線まで達していると思われるが、いかがであろうか。以下の「晴嵐の朝」や「浅葱水晶」などは浅葱色系統と認めたいと思っている。

 (作出花の解説等は下へ:HP用に会報と若干編集を変更しました)

 病害虫について
 今までのところ、栽培中にネマトーダ、白絹病、リゾクトニアなどの病害にも侵されずにいるが、それは夏中、根際数pまで湛水栽培するせいかもしれない。完全な水中では白絹病菌や根瘤線虫は活動できず、侵されない。確かに春先の湛水状態では芽が腐る品種もあるので、現在は用心のため、冬から開花後までは水が溜まらないようにしているが、開花後から秋遅くまでは時々「水漬け」にし、乾燥しきる前に潅水するようにしている。
 また、上記実生品種は現在までのところリゾクトニア害は受けていないが、偶然なのかどうかは不明である。拙宅でも一昨年あたりから幾つかの銘品は発症し、絶滅したものもある。
 これに関連して、1999年秋、実生苗をポリポットに植え付けの際、底穴塞ぎのために花菖蒲の枯葉を敷き詰めたところ、そうしたポット苗の大半がリゾクトニア類似症状を引き起こした。すなわち、茎葉の伸長が鈍く黄化し、中には枯死したポットもあった(完全に枯死に至ったのは1,000うち10ほどであった)。また、そうしたポット内では根の発達が異常に悪く、敷き詰めた枯葉を避けるようにしている形跡が見られた。
 生き残った苗は2000年六月に新しい用土で植え直し、現在、全てが正常に育っている。なお拙宅では、木酢液をさくらそう、ジャーマンアイリス、やまあじさいなどにかけて白絹病対策を行うのみで、花菖蒲はまったくの無農薬栽培である。(余談だが、さくらそうの根瘤線虫はフレンチ・マリーゴールド(孔雀菊)の混植でほぼ防止できる。コガネムシが土中を食い荒らす場合は鉢を十分ほど水中に沈めれば幼虫が全部表面に這いだして来るので捕殺する。)メイ虫は大被害が出るほどでないので、発見次第、手で探り出してつぶす。断定はできないが、リゾクトニア症に対しては、まず、「いや地」と同じ現象を疑うことも必要か、と直感している。古根の方はまだ許容範囲が広いようであるが、自身の枯葉でかくも顕著な害が出るとは予想もしていなかった。もっとも、経験的にご存じの方もいらっしゃるかもしれないが。
 類似例は花弁の落下によって植物体の枯死を引き起こす例がパンジー、ネメシア、チューリップで経験済みである。晴天にもかかわらず、花柄摘みを励行しないと、開花最盛期に突然、落花の付着した茎葉から腐り始めて一週間ほどで全株ダウンである。花菖蒲の例も、敵は身近にあり、の一例かもしれない。
   以上の作出花のうち、下記品種は余剰ポット苗が少量(各十ほど)、ありますので、希望者には先着順にお譲りします。(←HP担当者注:会報発行時点のことです)その他もお問い合わせください。大津でも気温が低いと発色が濃くなるようですので、北方ではより発色が良くなると期待されます。なお、送料実費程度はご負担下さい。振込用紙を同封させていただきます。
 開花見込み:「晴嵐の朝」「晴嵐の舞」「魚入時雨」「御殿ヶ浜」「縞御殿」
 以下は開花?です。「三上山」「小豆更紗」
 連絡はメールまたはFAXでお願いします。
 e-mail:wi8k-tmms@asahi-net.or.jp   
 FAX:077-522-5508                     冨増和彦   

 作出花の解説等
「比叡の朝」ひえいのあさ
1996年、伊勢系紫色実生

  藤色かかる桃色三英垂れ弁中大輪。縮、襞が多い。1茎に4花着く。

 コメント:伊勢系の紫色花から出た、襞・縮の多い三英藤桃色中〜大輪。1茎に4花着くので、伊勢古花の定義には反するが、花期を長く楽しむには花数が多い方が良い。
「紅更紗」べにさらさ 
1990
年、♀「遠見桜」×♂「春の海?」

  白地に薄小豆色のまだら斑、鉾は濃小豆色。三英垂れ弁中大輪、早生〜中生。

 コメント:垂弁のため伊勢系とした。上記類似だが、鉾のみ濃い小豆色で対比が鮮やか。
「晴嵐の朝」せいらんのあさ
1990年、♀「遠見桜」×♂「春の海?」

  水色に白筋流れ三英中輪、早生。鉾はクリームがかる白。翼も白く、時にごく薄く紫が かかる。

 コメント:江戸系三英。花形はやや貧弱だが、鉾が真っ白なので残った品種。平尾先生がこの点に着目されているとは全く知らなかった(会報第二七号参照)。「晴嵐の朝」の実生も幾つか開花しているが、鉾は僅かながらでも有色となってしまい、より花形のよい大振りで鉾の白いものや六英の出現を待望している。草丈はやや低く、水盤作も可。一茎に二花がふつうで三花はまれ。繁殖力旺盛 
「晴嵐の舞」せいらんのまい
 1990年、♀「遠見桜」×♂「春の海?」

 
 薄藤色、弁元は白。三英中大輪、早生。鉾は紫斑が入ったり入らなかったりする。

 コメント:江戸系三英。横張型で花弁は波打ち、おおらか。薄藤色覆輪となる上品な色合い。蕾の鞘が捻れており、早くから花弁が覗いて見える。草丈は高い方。茎はしっかりして倒伏しない。1茎三花が多く、4花は少ない。繁殖力は普通。
「魚入時雨」えりしぐれ
 1990
年、♀「遠見桜」×♂「春の海?」

  ごく薄い水色に咲出し、ほとんど白になる。うねりのある三英中大輪、早生。

 コメント:江戸系三英。横張型で花弁は波打つ。白に近いごく薄い水色で、日が経つと白というか半透明に変化する。草丈は中位。一茎二花が普通。草勢は弱くないが分蘖が少なくなかなか増えない。家庭栽培では株分けの手間が少なくて済むメリットがある。三年おきで十分。
 
「三上山」みかみやま
 1990
年、♀「遠見桜」×♂「春の海?」

 やや薄い藤色。鉾は赤みかかる。三英中大輪、早生。うねりのある花弁。

 コメント:江戸系三英。横張型で花弁は波打つ。やや薄い藤色。鉾は赤みかかる。中大輪。一茎二花が普通。草丈は中位。分蘖少ない。
「浅葱水晶」あさぎすいしょう
1998年、「晴嵐の朝」の子。

  水色に白筋流れ。親より濃い。三英中輪、中生。鉾は白に紫覆輪。4花着く。

 コメント:江戸系。水色に白筋流れ。「晴嵐の朝」の子で、親より水色が濃い。草丈中位、三英中輪、中生。1茎に4花着きやすい。鉾は白に紫覆輪で有色となる。繁殖力はやや遅い方。本品種も「晴嵐の朝」も、この浅葱色は「時雨西行」「水の光」と同系色である。
「御殿ヶ浜」ごてんがはま
 1991年、♀「遠見桜」×♂「春の海?」

 咲出し濃水色、徐々に薄れる。鉾は濃紫。三英大輪高性、早生〜中生。

 コメント:江戸系三英大輪、中・早生。花弁はやや垂れ気味。咲出しは濃水色、徐々に薄れる。鉾は濃紫。高性で繁殖力は普通。
「紫半夏」むらさきはんげ
 1998年、肥後古花「綴錦」の子、肥後系

  ややくすんだ紫色、六英だが、肥培の程度により雄蘂がカラスビシャク(半夏生)のよ うにくねくねと伸びたり、さらには弁化して九英にもなったりする。高性、中咲。

 コメント:肥後系六・九英紫高性。親の「綴錦」は紫地に白絞り六英、早咲き長桿、強健な熊本の古花である。この「綴錦」の雄蘂も僅かに弁化する過程にあり、僅かしか花粉が出ない。その子の本種は八重化の過程にあることは、清水弘氏の会報第二八号での指摘からも明らかである。肥培の程度によって、平凡な六英に終わったり、雄蘂がひげのように伸びたり、さらに花弁化した九英になったりする。
「縞御殿」しまごてん
  1990年、♀「遠見桜」×♂「春の海?」

  白地に脈が紫、鉾は濃紫。「春の海」を凌ぐ大輪三英、早生〜中生。 伊勢系

コメント:江戸系三英大輪、中・早生。横張型で白地に脈が紫、鉾は濃紫。「春の海」に似た花形で、それを凌ぐ大輪となるが、肥培しないと小振りになる。高性で繁殖力普通。

準備中
「小豆更紗」あずきさらさ
1990年、♀「遠見桜」×♂「春の海?」

 白地に薄小豆色のまだら斑、鉾は薄小豆色。三英垂れ弁中大輪、早生〜中生。

コメント:垂弁のため伊勢系とした。白地に薄小豆色のまだら三英、弁元はやや青みかかる。中〜大輪。鉾は薄い小豆色で静かな雰囲気。
準備中