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 宮沢交配と大船フラワーセンター

   横浜市  椎野 昌宏


『農事試験場成績 花菖蒲の品種改良成績』
宮沢文吾先生(右)と吉江清朗先生
協会会報50周年記念号より,昭和39年撮影
 長い間中断していた日本花菖蒲協会の展示会を、来る6月12日より17日まで、神奈川県横浜市大船にある、神奈川県立大船植物園にて開催することとなった。これは、昭和5年に創立して昨年で70周年を迎えた日本花菖蒲協会の、創立70周年を記念する行事の一環として、首都近郊の会員および理事により、同園の第二展示場にて丹波鉢に仕立てられた本鉢の展示、盆養展示、切花展示などを行う予定である。これを機に、この大船フラワーセンターの花菖蒲園で保存されており、花菖蒲としては殆ど知られていない、宮沢種(大船種)について解説してみたい。

 大船フラワーセンターは、戦前からあった神奈川県農業試験場の跡地を引き継いで、昭和37年に植物園として発足し、年間約30万人の人々が訪れている。特に、農業試験場時代に同園で育成された芍薬、花菖蒲、つつじ等を保存育成し、その他内外から優秀な観葉植物を収集、栽培、展示して、県民に親しまれてきた。

 花菖蒲については、『農事試験場成績 花菖蒲の品種改良成績』というこの神奈川県農事試験場での改良報告文献が昭和11年に著されており、その序文に農林省として、「花菖蒲の如き花卉に在りては本邦特産のものなるのみならず夙に海外に紹介されつつあるものにも拘らず特に改良されたるものを聞かず依りて農林省に於は之が優良品種を育成し益本邦在来の花卉の真価を発揚し一層我花卉園芸の発達を促進せんが為・・・」とあり、農林省は明治43年以降、同園に補助金を交付し、しゃくやく、その他の在来数種とともに改良に関する試験研究を行わせてきた。この時代、花菖蒲は海外輸出に多く輸出されており、その意味でも新しい品種の作出が必要であった。その時、この任に当たったのが、宮崎高等農林学校教授の宮沢文吾先生であった。
大正4年から9年頃までに作出された品種をまとめて、昭和11年に発表したのが、前述の『農事試験場成績 花菖蒲の品種改良成績』であり、この書籍は宮沢文吾先生の花菖蒲品種改良報告書として、300品種の新花を紹介しており、白黒ではあるが、104図の花の写真が掲載され、巻末に農事試験場花菖蒲圃の風景写真と、22品種の描写図譜が加えられており、その中から「荒 磯」と「羽衣絞」の2点をここに掲載した。 なお、宮沢先生は、大正9年4月から、大正13年11月まで、同農業試験場の場長を務められたと記録されている。
    筆者は、大船フラワーセンターの書庫に保存されている上記報告書を閲覧することが出来たので、現在、同園の菖蒲田で栽培されている品種と、昭和11年の先生の記録と照合して、同一品種として今日まで保存されているものを簡単に解説する。報告書には品種ごとに葉、茎の状態、交配親、外弁内弁の態様など綿密に記録されており、研究記録としても優れていると思う。

(絵の下につづく)

宮沢文吾先生が神奈川農試で作出された「無双」1921年作  画 加茂文子
荒磯 1915年作
羽衣絞 1921年作
揚羽 1950年以前作
文吾の輝き 吉江清朗先生作出の極早生品種
1975年作
極大輪系三英
 皓 月   (こうげつ)  中生 純白
 薄 衣   (うすごろも) 中生 白
 万寿楽 (まんじゅらく)中生 淡紫
色、ちりめん皺多い
 若 紫 (わかむらさき)晩生 濃紫
 鳩の杖 (はとのつえ) 中生  藍紫
 錦繍の粧(きんしゅうのよそおい)晩生 紫に白絞り

大輪三英系
 朝 霧   (あさぎり)晩生 白  縁藍色
 鷺の森(さぎのもり)晩生 白 
           脈淡紫色 内弁白地に淡紫絞り
 空の光(そらのひかり)中生 白        ちりめん皺
 荒 磯  (あらいそ)中生 白地紫脈
 星月夜(ほしづきよ)晩生 紫脈   脈間藍色吹きかけ絞り
 待宵   (まつよい)極早生 極淡藍色地に紫脈 花弁垂れる
 無 双    (むそう)中生 白地に紅藍色の細粉状ぼかし
 絵 合 (えあわせ)中生 淡色 縁辺淡紫紅色
     波状に捻曲下垂
 狩 衣   (かりぎぬ)中生 淡紅色 脈紫
 花の都(はなのみやこ)中生 淡藍紫色
  脈淡藍色
 古代紫(こだいむらさき)中生 濃紅紫色
 丹 頂  (たんちょう)中生 紅紫色
 八 橋  (やつはし)早生 紫紅色
 祇 王  (ぎおう)晩生 鮮紫色
 瑞 相(ずいそう)中生 紫色
 野路の里(のじのさと)中生 藍紫色
 神 妙    (しんみょう)中生 藍紫色
 羽衣絞(はごろもしぼり)中生 紫紅地に白絞り 外弁下垂

中輪三英系
 花 曇    (はなぐもり)中生 紫紅色

極大輪六英
 武蔵野(むさしの)中生 紅紫色 縁辺     淡色覆輪

大輪六英系
 白芙蓉(しろふよう)中生 純白
 小 波  (さざなみ)晩生 白 波状
 浅茅原(あさじがはら)中生 帯紅紫色地に濃紫の脈
 神楽岡(かぐらおか)中生 純白 縮緬皺
 蓬莱洞(ほうらいどう)中生 淡藍色斑点状吹きかけ縮緬皺
 山 里(やまざと)晩生 淡藍紫色
 薄 雲(うすぐも)中生 淡青藍紫色
 十六夜(いざよい)中生 藍紫紅色
 難波津(なにわづ)中生 紅紫色
 山時鳥(やまほととぎす)中生 紅紫色
 女 英  (じょえい)中生 藍紫紅色
 梅ヶ枝 (うめがえ)早生 白地に紫の絞り
 朝 露(あさつゆ)中生 藍紫色
 蜻 蛉(せいれい)晩生 藍紫色
 錦 織(にしきおり)中生 白地に紫の絞り
 遠山の月(とおやまのつき)早生 純白

中輪六英系
 曙            (あけぼの)極早生 極淡藍色地に淡紫色吹きかけ
 花の敷島(はなのしきしま)晩生 白地に紫紅色吹き掛け 縮緬皺
 朽 葉      (くちは)中生 淡紅紫色
 文字摺   (もじずり)中生 淡藍色
 唐 織        (からおり)中生 淡紅色に白の絞り

大輪九英系
 三 宝(さんぽう)中生 紫紅色

中輪九英系
 竜 王(りゅうおう)中生 淡紅紫色

  
この報告書には他に、5英の「五位鷺」、「玉のかんざし」、12英の「蓮 台」という変わり咲きも記録されているが、現在は栽培されていないようだ。
   以上、現存する宮沢種(大船種と呼んでいる)は、記録によると交配親として、江戸系の座間の森、迦陵頻伽、大淀、湖水の色など江戸系の品種を用いており、大船種は江戸系と分類できる。筆者は毎年開花シーズンに訪れて鑑賞しているが、全般に早咲きで、6月第2週あたりがピークとなるようだ。    この宮沢先生の門下生に、長野県辰野町の吉江清朗先生がおり、宮沢氏の後を継ぎ、発展的に「文吾の輝」、「八ヶ岳」、「辰野」、「「霧ヶ峰」、「初 紅」、「諏訪御寮」など極早咲きの品種を多数作出された。これらの品種は「吉江系」と呼ばれ、こんにち全国の花菖蒲園で植栽されている。
    大船種では「荒 磯」、「揚 羽」、「羽衣絞り」、「無 双」などがこんにち一般に普及しているが、数は多くない。しかし、改めて見直してみると、おだやかで優しい花々であり、魅力ある品種も多数あるので、将来フラワーセンターより協会員に分譲してもらえたら、品種保存の意味からも望ましいことだと思う。