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 花菖蒲の問題点

   加茂菖蒲園  永田 敏弘


江戸系の「翠映」丈夫で繁殖もとても良い花菖蒲園向き品種,リゾクトニアにもとても強い
肥後系の「紅桜」濃桃赤色の豪華な極大輪だが性質がかなり弱く花菖蒲園には向かない。鉢植えで楽しむ品種

  新しい世紀を迎え、世の中がたいへんなスピードで変化しています。この時代のなかで、花菖蒲をとりまく現状にどのような問題があり、今後どういう方向へ向かうのか、そしてどのような可能性が考えられるか、まとめてみました。

作る花から観る花へ

  今後の花菖蒲界を展望し、まずはっきり判るのは、個人で花菖蒲を栽培する趣味家は減り、花菖蒲は花菖蒲園へ観に行く花になるということです。これは将来のことでもなく、現時点ですでにそうなっています。花菖蒲は、現代の日本の家庭園芸が求める性質を持った園芸植物ではありません。
    現在の花菖蒲のニーズは、性質が弱くとも豪華な花を咲かせる、趣味家や種苗会社のカタログ向け品種と、丈夫で繁殖の良い花菖蒲園向きの品種にほぼ分かれていますが、今後はこの傾向がいっそう鮮明になると思われます。

   豪華で美しくとも性質の弱い品種は、現在のところ趣味家に人気ですが、その要求がなくなれば絶える恐れも持っています。これから新しい花を育種する場合も、このような状況にあることを踏まえた上で、どちらかと言えば花菖蒲園向きに丈夫で繁殖の良い、草丈が並以上にある品種を作出した方が、後世に残るという点では勝ると思われます。

種間交配種の「金冠」キショウブとの交配種は大部分の品種がリゾクトニアに対して非常に強健。
花菖蒲園の現状

    花菖蒲園の方は、現在全国に二百ヶ所以上が造成され、草もの植物の園としてはトップクラスの軒数の多さを誇っています。この不況下において集客数は横ばいから減少傾向にあるようですが、潰れたという話も聞かず、園数はいまだに増加しています。特に近年は西日本での新規造成が目立っています。
    花菖蒲は桜や紅葉と同じく日本人の季節感に深く根ざしており、現代人のストレスに対する癒し的な意味からも、今後とも花菖蒲園がすたれてしまうことはないだろうと感じています。
    しかし、その栽培管理は容易ではなく、どの園も様々な病害虫や連作障害に悩まされています。もともと北方系の植物であり、北関東以北の冷涼な地域の方がその出来も花色も抜群に良く、関東以西の一般地では夏にやや暑がり、成育に悪影響が出るる傾向が見られますが、今後の地球温暖化も考えると、これらの地方では将来栽培管理が今以上にやや難しくなることが予想されています。
   また、花菖蒲園経営は採算性が良いとは言えないので、民間が経営する園は非常に少なく、多くは自治体が管理しており、公園緑地課などの下で造園業者が実際の管理を行っているといったような形が一般的です。しかし残念なことですが、この場合の多くがいわゆるお役所仕事で、栽培管理面にのみに注意が向けられる傾向にあるので、先達の苦心の名花も単なる造園材料として、名札さえ立てていない場合もあり、品種改良などはまして難しいといったところが現状です。品種を長年正確に保存することは、栽培と同じまたはそれ以上に難しい作業です。
   このような状況ですが、中に少数ではありますが、伝統文化の保存を意識しておられる公の園や民間の園もあり、伝統は確実に維持されてゆくことと思います。
育種家の減少
    昨年の夏、名古屋の光田氏が亡くなられ、戦後の花菖蒲界をリードしてきた平尾先生、冨野先生ら、高い業績を残された花菖蒲の指導者的な育種家がこれですべていなくなりました。現在多数の品種を作出している育種家は、加茂花菖蒲園と相模原の清水氏程度ですが、もっと多くの方々の力が必要です。
   花菖蒲の品種の改良は、先ずこの花が好きで改良して自分の花を作ってみたいという気持ちから始まりますが、日本的な美的センスと、理論的な交配育種技術の両方が必要で、それに加え根気良く何十年も継続できる意思の強さも必要です。独学でもできますが、先達に意見を求め、審美眼を養うことが大切です。私の場合審美眼もなければ根気や技術的な考え方も苦手なため、新花を創り出すよりも、古文献の発掘や古花の保存に眼が向きました。
    しかし、そこまででなくても、日本的な美的感覚のある人なら、少し経験を積めば良花を選び出すことはそれほど難しくはないので、花が良く丈夫で繁殖の抜群な個体を選び、土地に因んだ名称を付ければ、地元の花菖蒲園で取り上げてくれることも考えられます。
    ただ、今後の日本に、この花を既存より上へ伸ばすことのできる個人の育種家が生まれるでしょうか。花菖蒲そのものが、今の若い世代の興味の対象からかけはなれています。平尾先生や光田先生が花菖蒲をはじめて見た戦前の頃は、花菖蒲が園芸植物のなかでも飛びぬけて素晴らしいものであった時代だったかもしれませんが、こんにちのように欲求の対象が巷にあふれ、園芸植物も庭飾りの素材となったこの時代、金儲けにもならない花菖蒲の改良に興味を持つ若者が現れる可能性は、皆無に等しいと思います。
    そうであるなら、残された道は、当園のようなこの植物について知識のある企業や植物園が、文化を守るという立場に立ち、多少の経済法則には反しても、経営に圧迫を与えない範囲で、この花の改良を行ってくれる若い世代を育成するよりほかないと思います。

新たな病害
   ここ数年前から、リゾクトニア性の立ち枯れ病による被害が全国から報告されています。心配して電話されて来られたり、たいへんな被害を受け、あわてて訪ねて来られる方もあり、また、それほどでもないと高をくくっておられる方もおられます。
   リゾクトニアは、これからの病害の主流になるものかもしれません。現在の品種のいくつかは、この病害のためいずれ消滅するかもしれません。江戸時代から命脈を保ってきた古花であろうと、歴代の名花であろうと、この病害で消滅するかもしれません。いずれ沈静化することを望んではおりますが、現段階では私は何ともいえません。
   ただ私は、最悪の場合この新しい病害ため、現存する花菖蒲の品種構成が大幅に変わってしまうのではないかと思っています。この病害の特徴の一つに、すべての品種が一様に罹病するのではなく、病害に耐性のある品種と、耐性のない品種があり、品種ごとに病害の発症にかなりの差があることが挙げられます。
    こういった特徴があるので、花菖蒲は今後、リゾクトニアに耐性のある品種が主流になるのではないと思います。当園の地植え圃場は、すでに耐性のある品種でまとめました。

日本花菖蒲協会の今後
   当会についても、今のままでは現在中心になって活動を行っておられる方々が抜ければ、自然消滅してしまう可能性もあります。会にはインターネットなども通じて、若干ではありますが会員も増えていますし、若い方も入会されていますが、会の催しに参加されることが殆どないので、顔と顔を合わせた交流がありません。会の中心となって活動したいという意欲ある次の世代が、ごく少なくなっています。現在会員数は約三百名程おられますが、昨年秋の研究会の参加者は二十名、今年の総会及び新年互礼会は、大雪のためもあってか、参加者は二十五名程度でした。
    しかし、考えてみれば、関東周辺の会員が多いとは言え、全国組織の会である以上、一ヶ所で集まるという事は、地方の会員の方にとってはやはり不公平なことです。また情報化の時代となり、若い人ほど集まらなければならないという意識も薄れています。
    このようなことからも、今後全国組織の会として、更には国際的な会として、時代の流れに沿った形で、会報やホームページを充実させ、情報交換を中心とした会への変換に、会の運営方法もいずれ変えてゆかなければならなくなると思われます。
球根ベゴニアと花菖蒲で埋まった空調温室,2000年4月21日撮影
当園の空調温室内に展示した花菖蒲。期間をずらして促成を開始し,3月から5月中旬まで,露地物の花菖蒲が見頃になるまで開花させた。ミスマッチと思われたベゴニアとの取り合わせも,お互いを引き立たて,色彩のコントラストがとてもうつきしかった。このような空調温室で花菖蒲の展示を行ったことは,大げさに言えば花菖蒲の歴史上初めてのことで,新しい花菖蒲の観賞方法が開けた感があった。

当園としては
    当園は花菖蒲園から発祥しましたが、花菖蒲をとりまくこのような状況のなかで、十数年前より周年経営の可能な温室植物へ経営の主力を移し、数年前からは動きのある鳥類を取り入れて経営をさらに拡張して来ました。花菖蒲部門は経営の主力からは外れましたが、園の発祥の伝統であり日本の伝統でもあるので、伝統文化として存続させ、さらに発展させる方向でおります。
   当園のコンセプトは「育種観光園芸」であり、花菖蒲に限らずアジサイ、桜草など、さまざまな日本の伝統園芸植物を保存改良し、その育種の現場をお客さんに楽しんでもらうという独自のスタイルを採っております。
    ことに花菖蒲に関しては、これまでも品種改良を精力的に行ってきましたが、それとともに各系統古花の品種保存や古文書を含めた文献資料の収集など、花菖蒲に関する文化的な情報を蓄え、その情報を発信するという他では真似できない特化した個性を持つことで、園を生かし発展させてきました。
   このようななかで、今後の可能性として最近見えて来たのが、ゴールデンウイークに焦点を合わせた促成花菖蒲の室内型イベント展示です。花菖蒲はもともと端午の節供の祭りの花としての性格ももっていましたが、新暦以降この性格は忘れられてきました。これを現代に再現しようというのが大きなねらいですが、今後の地球温暖化を意識して、空調された温室での屋内植物としての可能性を考えてみようという目的もあります。もちろん開園期間の幅を広げるという意味もありますし、六月に花期を迎える屋外花菖蒲園は全国にもう二百ヶ所以上もありますので、そろそろ同じことをしなくてもという意味もあります。
    昨年三月末から五月の中旬にかけて、当園の多目的温室内で、促成させた鉢植え花菖蒲を展示しました。そして、完全に空調させた室内で、花菖蒲がどのように開花するのかを調べ、屋内植物としての花菖蒲の可能性を探り、新しい試みに対するお客さんの反応を見てみました。
 結果としてまず一つは、六月の屋外では二日半で萎んでしまう一輪の花が、四日から五日程度保ちました。風がなく、湿度が十分にあるので花も完全に伸びきって咲き、極大輪系などはみごとに開花しました。
    また、地元のマスコミに伝えたところ、各社よりかなり大きく取り上げられ、連休期間の入園者は前年度の約四倍となりました。
    このような結果が出て、屋内でも十分美しく観賞できる方向が見えてきましたので、本年度はこの方向をさらに拡大し、温室内で実生新花をお客さんに選んで命名してもらい、育種に参加してもらうという企画や、当園だけでなく、都市の催事場などを利用し、屋内花菖蒲園を作るという方向も検討しています。
   花菖蒲は屋外の花のイメージが強いですが、肥後系や伊勢系などはもともと室内展示用に改良されたもので、屋外では実際のところ風雨に弱く、満足に見られる期間はごく少ないですし、江戸系も大輪花は肥後系と同じと考えられます。光田氏が残された品種などは、まさに室内でないと見られない品種で、そう思われている方も多いと思います。こう考えますと花菖蒲の半数以上の品種は、屋内観賞型植物であると捉えた方が、むしろ自然なのではないでしょうか。
    そして、屋内型花菖蒲展示というスタイルが一般に認められれば、花菖蒲に新しいイメージが発生し、それを軸に新たな花菖蒲のファンも増えるのではないでしょうか。室内向けの絢爛豪華な品種の育種もこれまで以上に必要となり、花菖蒲はさらに発達するでしょう。
    花菖蒲が抱えるさまざまな問題のなか、当園としては、このようにさらに特化した個性を持つことで、花菖蒲の文化を守り、今後とも発展させていくことが出来るのではないかと考えています。