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肥後花菖蒲の鉢植え展示の方法  その二 展示・鑑賞

群馬県 東 秀光


館林市サイクリングターミナル和室にて展示 平成10年6月13〜14日
妙義山 松の友
碧鳳 大八洲
浮施の月 崑崙
朝焼富士

 前号二七号に引き続き、展示の仕方および、観賞の方法をご紹介いたします。

三 鉢陳列に必要な器具
 鉢植え展示を豪華に演出するため、事前に次のような器具を誂えなければなりません。

「敷 板」
 厚さ八分の八寸角の薄板。材質は最良は檜ですが、マツ材、外材のスプルス材でもかまいません。一鉢に一枚、或いは二枚使用しますので、陳列十五鉢で三十枚は必要となります。
「受け皿」
 深さ八分で八寸角の亜鉛板(トタン)造り、十五枚。
「札 木」
 巾七寸、厚さ一分五厘、長さ七寸で、サワラ材、鉢数の枚数が必要となります。
「起し杭」
 中指大の青竹(篠竹)を二ツ割りにし、根先を外そぎにこしらえたもの。長さ八寸。起し杭は、青身が命ですが、変色しやすく保存が出来ないので、毎年、開花展示直前に竹を手に入れ、鉈や小刀で自家製とします。一鉢に二本、鉢数の二倍が必要となります。

四 鉢陳列の仕方

展示三日前
 色が滲みはじめた鉢を、日焼けから防ぐため、軒下などに移します。
展示前日
 あらかじめ二尺四寸の篠竹を標準、目安として使用、明日開花する鉢にあてて、高さが許容できたものを選別、鉢洗いをします。鉢は、蕾に気を使いながら鉢底まで洗い、除草し、枯葉の始末、葉姿を整えます。そして、水を鉢の表面まで、数度、たっぷり与えます。(夕刻)
展示当日
 座敷の中央に今開かんとする鉢を総て一か所にあげます。奇数の鉢を並べますが、幾分多く、同一品種もひとまず座敷に鉢上げします。早朝からの作業となり、気に入ったように陳列ができるまで、九十分から百二十分位要します。並べているうちに開花(落ちる)してしまう品種もあり、木札に墨書きして終了です。 
 並べ始めは、まず最初に背丈が低いものの、花が極大輪に咲いてくれた品種を一鉢選び、床の間に飾ります。大輪に咲いている開花二日目の品種が適しています。この花の色が基準となり、例えば紫色の場合、床の間の角の座敷からの色は、白色となります。白の隣は紫、白、紅紫、白、紫、最後の七鉢目は白で終わります。
 床の間を挟んで対面する反対側の上座の始めは白色系で、七鉢めは同様、白で終わります。従って、白色種八品種(異種)、紫色系七品種(床の間の一種含む)となります。一鉢おきに白花を、三英の花の隣には六英咲きを並べるわけですが、実際には、ほとんどが六英咲きで占めてしまいます。
 さらに、一日目に開花する鉢の隣には、昨日開いた二日目の大きくのび拡がった花弁の鉢を並べます。初日の目のさめるような色の濃さと、二日目の花の大きさの強弱が、観賞される方側にも美しさが伝わります。一日目の花弁の厚さ、色あいが、二日目にかけて刻々と変化する(花が芸をする)花の豪華さ、そして白花が、引き立て役です。
 襖の引き手の高さのところに花が重なるか、気持ち半花分、上の高さに並べます。この高さが標準的な日本人の正座して観賞する際の目の高さに合致するため、二尺四寸の標準棒を使い、敷板を一枚足しながら調整作業に移ります。
 色の配置が先で、次に背丈、花弁の数、一日花、二日花交互と、何度も思案が続きます。敷板は必ず一枚使いますので、隣の鉢との高さを合わせるのは、敷板一枚、厚さ八分です。敷板は二枚までですので、ここでどうしても背丈が突出したり、低すぎて合わない場合、二本植えとした片方の花茎を切り落とします。切り落とす側の花の方が大輪豪華の場合が多く、慎重、かつ思案の時間を費やします。一花にするのには、単に高さの関係でなく、この陳列葉葉姿も重要なため、二本分の葉を自然に林立させ、ここから一花手挺んでて、直立不動の花弁がひときわ目立たせるためです。二本植えは、二花同時に咲きますが、武士道の花ですので、迷いが生じないように、潔く、お客様を通すまえに、一花に仕立ててしまうと聞いております。
 陳列に際し、起し杭を花茎の真下に挿し、花茎を鉢の中心に、花弁は鉢の真上になるように仕立てます。ここで起し杭は、お客様側から見えない位置に挿すわけです。そして、花の正面、葉姿の美しい向きに鉢を向けます。鉢を廻しながら角度を少し変えただけで、見違えるほど気品と風格を具えた花となります。
 普通は、一番目に垂れ落ちた花弁側が正面と云われますが、午前中と夕方では姿が変わりますので、気が付いた処で、鉢の向きを修正します。
 十五鉢、陳列が終わった時点で、品種がすべて異っていること、白色種が一鉢おきになっていること、高さも統一(やや舟底)されていること、鉢の真上に花があること、真横から見ても、一線を引いたように直立不動となっていること、葉に乱れがないこと(鉢にも汚れがないこと)、鉢と鉢との間隔もつり合っている(二尺が理想)こと、以上を確認し、最後に墨を摺って、木札に品種名を書き、挿します。挿す位置は、お客様に向けて、鉢の真ん中です。
 午前十時頃になりますと、全ての鉢の開花が完了していますので、この頃からお客様を通します。但し開花の瞬間を観賞できる醍醐味は、栽培する者のみが体験することになります。展示作業中は自分の意志に基づくわけですが、非公開とし、来客を通す際でも、室内への案内は、外部から見えない位置に飾ります。展示室に案内され、襖を開けて、ここで初めて供覧していただきます。感激・美・感動を与える花だからこそです。

五 展示の説明・接待

 訪ねてきたお客様を陳列会場に案内します。当主として、来訪していただいた一通りの礼を述べたあと、失礼にならないよう「これから、ご覧に供しております花菖蒲の陳列について、少々のお時間をいただき、ご説明いたします」と告げます。
 「花に向かって一礼を」と会釈を求め、まず、背筋を伸ばして正座しながら、均整のとれた襖の引き手の高さに位置する花菖蒲の全体を見渡していただきます。
 次に、おもむろに立ち上がり、床の間側の鉢に近づき、鉢の真上から一花、一花観賞していただき、鉢の中心に位置し、雌芯の大きさ、花弁の大きさ、重なり合い、厚さ、色の濃淡を見ていただきます。見終わりましたら、元の席に着座します。
 そして、芯の大きさがこの花の品種改良の着眼点で、人間におき替えると、心で、小さい芯は小心者として嫌われたこと、色は、紫と白が基調で、砂子や斑点のある花は、心ににごりがあると、同様嫌われたこと、正座して見るときの目の高さに、敷板一枚で調整されていること、白花異種が一鉢置きに並んでいること、一日目と二日目の花の特徴、違い、この花は刻々変化し、芸をすること、花も、さておき、葉姿の大切なこと、お客様に観賞していただく花なので、直立不動で応えていること、午前中は葉先の露が玉となり、キラキラ光り、時にはこの露が垂れ落ちる瞬間に、心が空となること、昔なら、行灯、今でも夜の電灯下で見る花菖蒲も、幽玄の世界になるということ、この花の美しさは二日目の深夜に最高となること、等を来訪された方にご説明します。
 よく質問のなかに、室内での水やりの有無を聞かれます。原則は与えず、与える場合は、冷蔵庫の氷を二〜三片置くことがあります。また、「一週間くらい咲いているのでは」との問に対し、本日、この姿は、今日限りで、明日の早朝には、新たな一日目の花が加わりますので、本日展示されている二日目の花はもとより、本日飾られた鉢も室外へ除外され、品種、陳列は、ほとんど入れ替えますと説明を加えます。
 ここで、観賞ならびに説明を聞いていただいた方に対し、必ず、緑茶と茶菓(饅頭)をお出しします。この花は「咲かせたものではなく、気候、環境、栽培人の趣味・感情に左右されず「咲いていただいたもの」なので、「人に見せる」のではなく、「見ていただく」のだと、花と来訪者に感謝をあらわしたいものです。雨天や、多忙の中、お運びいただいた方には、湯茶で接待したいものです。人間形成ということで、武士の間に、花作りを奨励された肥後藩は、「花菖蒲」に武士の精神を込めて、品種改良されたようです。

六 鑑賞者の心得・作法

 最後に、鉢植え展示の室内へ案内された側、花を観賞する側の心得について、一言述べさせていただきます。
 鑑賞者は、室内に案内されましたら、一通りの挨拶のあと、正座し、「拝見します」と述べ、そして、花に向かって一礼をします。
 全体の鉢を見渡した後、立ち上がり、上座の花から一花、一花真上から観賞します。この際、包は軽くつまんでも良いのですが、花びらには触れないでください。花の大きさや、質問は、この場では口に出さず、黙って一通り見ます。元に席に戻り、花に向かって一礼します。ここで初めて、当主に向かって、礼を述べ、褒め言葉や、質問を発します。
 ここまでは正座で、当主から「お楽に」と云われるまで、あぐらは許されません。栽培者や作出者を労うため、葉の色や、鉢、表面の苔、花弁の大きさ、等、褒める言葉を探し出し、述べてください。茶の接待を受けながら、年間の苦労話、水管理の仕方、失敗談など。話題はよもやま話に移ることでしょう。しかし、後から見えた方に失礼にならないよう、速やかに退席しましょう。余談となりますが、写真機を持参した場合には、当主と記念撮影し、二度とない本日の展示風景を収めてください。さぞかし喜ばれることでしょう。
 以上、古来より云い伝えられているという、肥後花菖蒲の鉢植え展示の仕方につきまして、思うままのべさせていただきました。ご一読感謝申し上げます。ありがとうございました。
         文責・東 秀光

編集部より
 貴重な資料ともなる肥後花菖蒲の鉢植え展示方法をご紹介いただき、まことに有難うございました。花菖蒲にこれほどまでに高い精神文化があったのかと驚かれる方もおられると思います。
 そこで、一つ質問をさせていただきたいのですが、このように厳格なまでに陳列し、観賞するのは、どのような理由からなのでしょうか?

(答)東
 何故厳格に陳列し、観賞しなければならない規律と申しますか、作法が生じたかと申しますと、これは個人的な見解ですが、
(一)江戸末期、肥後藩では花連を組織させ、六花撰を奨励し、文武両道を士族の心得としたこと。
(二)藩主の意を汲んで、家来がこの花の持つ魅力、美しさを豪華絢爛、おごそかに演出するため、陳列法を生み出したこと。
 従いまして、毎年、自宅での陳列にこだわり、たくさんの人に観賞していただき、感動までしていただける、私の信条を申し上げますと、「言い伝えられているという陳列方法にのっとり、後世に、古種と展示の仕方を伝承できることを望んでおります」。
 しかしながら、こういった現代の世の中ですから、作法は作法としてあるわけですが、観賞される方は、気楽に鉢花を楽しんでいただければと思います。栽培展示する側としては、言わばお客様側に合わせた会話で、受け身となるわけで、「精神修養」の気持ちでおります。
 「花を観賞し、英気を養っていただきたい」を念頭におき、花栽培に挑んでおる昨今です。