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  伊勢ハナショウブの古花

    松阪市 田中信一


 伊勢ハナショウブの古花とは、太平洋戦争の終戦(一九四五)以前に作出されたものを指す。古花は誰がいつ作出したかの記録がなく調べようがないが、次に示す文献には品種名だけではなく花色の記述も記されているので、これらが著された年代から、その品種の作出年代をおおよそ判断することができる。
 1904年 竹中卓郎  玉蝉花栽培法稿本
 1907年 広田稲雄  竹島定吉 長林堅次郎 明治四十年改正伊勢玉蝉花名鑑 木版刷
 1932年 伊勢花菖蒲について実際園芸 一三巻五号
 1941年 吉川万吉 華鏡 草稿
 1954年 冨野耕治 伊勢花菖蒲に関する調査報告書  三重大学学芸学部研究紀要戦後の著作だが古花と新花に分けて記述
 1972年 冨野耕治 伊勢ハナショウブ ガーデンライフ  一九七二 古花十九品種のカラー写真と解説
 これらの文献と現存する品種の花色、特徴が一致することをもって、古花であると推測する。しかし、入手したハナショウブが、これらの文献記述と一致するからといって、いたずらに古花であると決め付けることは危険である。私の場合、伊勢ハナショウブの古花を六十品種あまり栽培しているが、これらは古花を大切に保存しておられる家から、どこからどのように入手されたかの系譜がはっきりしているものだけを戴いているので、私の育てているハナショウブは、古花であると自負している。
 ハナショウブはそれぞれの花に個性があり、どれ一つとして捨て難いが、古花は比較的新しく作出されたもので五十年くらい前のものから、古いものになると百年くらい前から作り続けられている品種もある。今日に残るこれらの古花は、長い時間のなかで何人もの人の審美目をくぐりぬけて来たものである。
 すばらしい花なので是非保存したいと思うのだが、性質が弱くてなかなか育たず、分蘗も少なく、栽培が難しい品種がある。

 花壇植えの場合は多数の株を混植するので、花の咲かない株があってもあまり目立たないが、鉢作りにすると花の咲かない株ができ、驚くことがある。他の品種と同じ適期に株分けをし、良い苗を同じ土で作り、同じように肥料をやって管理しているので、栄養過剰や不足、また乾かし過ぎなど栽培上の手落ちは考えられない。花立ちの悪い品種がある。
 地植えの場合は良く育ち、繁殖もよく立派な花をつける品種でも、それを鉢植えにすると、たとえ元気の良い一番芽で、古根も多く新根も多く発生しかけておいる良苗を鉢に植えても、生育が悪くなり、やっと花を見るだけという品種もある。
 良い花なのでいろいろ工面して入手し、初めの一〜二年はよく育ち、立派な花をつけてくれるが、数年も育てていると、だんだん弱ってくるという厄介な品種がある。
 このような、栽培上の欠点のある品種も中にはあるが、良い花なので、長く作り続けられているのであろう。
 今後、まだ伊勢ハナショウブの古花を入手できるかもしれないが、入手できる見通しのものが一応手もとに集まったので、それらの特徴をまとめることにした。よく観察し、主観を交えず、できるだけ正確に記録するように心掛けた。

註  花容解説文の用語の意味
 弁     外花被、花弁
  鉾     内花被 内弁、立弁とも言う
  芯     雌しべの花柱枝
  蜘蛛手   芯の先端が鋸の歯のように切れ込み
  密標    弁基部にある黄色い部分、目
  縮緬状の弁 弁表面に細かな凹凸が見られる弁質
  縮み    縮緬状の弁質と同意
  襞     ひだ、花弁の縁の折りたたみ部分を指す
  波     花弁縁の凹凸、フリル
  地蔵肩  弁元は丸みをおび、先端は垂直に垂れる花形
  怒り肩   弁中央まで横に張り、弁先だけ垂れる花形

  明 石      1931年以前
 白色の花で、弁の周縁に近いところに品の良い青紫色が少しかかる。基部に向って薄い青紫色の脈が走る。縮緬地の弁質を持ち、周縁部が波状になっている。鉾は白地で、弁よりも弁よりも濃い青紫色が加わっている。芯も弁と同色の青紫色で、蜘蛛手がある。

 朝日空      1904年以前
 中輪の花で、ごく薄い藤紫色に白い筋が幾条も走る。弁はよく縮む。鉾は直立し、弁よりやや濃く、白色の糸覆輪が見られる。芯も周縁が弁と同色で、蜘蛛手が少し見られる。  草丈は中幹で葉は剣状、株はよく殖え作りやすい早生品種である。

旭 丸       1904年以前
 赤味がかった濃い紫色の極大輪花で、縮緬状の弁は幅広くおだやかに波を打ち、お互いによく重なり合って垂れる。弁中央の基部から、白い脈が数本走っている。  鉾の色は弁の色と殆ど同色で、基部が白くそこから白い筋が放射状に先端に向かって走る。芯も白色で、先端は弁と同色の糸覆輪がある。 伊勢系は剣状の葉を持つ品種が多いが、本種は細葉で垂れ、葉の緑色も薄く柔らかい感じを受ける。草丈は中幹で、早咲きである。

 伊勢誉       1940年以前
 わずかに赤味がかる藤紫色に不定形な白筋が途切れながら幾条も走る大輪花。弁は肉厚で縮緬がよく発達し、弁がごつごつと著しく変形して垂れる。鉾は大型で直立し、白地に弁に似た紫色の覆輪ぼかし。芯も白色で先端が紫味を帯びる。異様な咲きぶりで、雨に当てると満足に開花しないことがある。ごく近似の品種に「松阪司」があり、こちらの方は花色が赤味がかった濃い紫色である点が異なる。  草丈は中幹。葉はこわばった感じの広葉で、風が強いと折れやすい。染色体数2n-25の異数体で、繁殖力が劣り、一番芽が花茎の両側に出ないことがある。

 十六夜            戦前

 淡い紅紫色の無地で、同色で少し濃色の太脈が粗く入る。弁はよく縮み波状になって、おおらかに垂れる。鉾は弁よりやや色薄く、基部から先端まで同じ色である。芯も弁と同じ位の色の濃さで、蜘蛛手がある。  長幹で葉は剣状になる。早咲きの品種である。(写真右)

 五十鈴川      1907年以前

 ごく薄い青紫地に白色の太脈が、弁の基部から先端に向かって一面に入り、白の絞りのように見える。伊勢ハナショウブは弁の周縁に襞があって、垂れ下がる咲き方をするものが多いが、本種は弁はよく縮むが襞はなく、丸みある地蔵肩に咲くので、他の品種とは異なっておりよく目立つ。  鉾は立ち鉾で、周縁が弁と同色。芯は白色で周縁のみ弁と同じ色が少し入る。蜘蛛手があり、鉾、芯ともに小さいので、花が大きく見える。草丈は中幹、葉は幅広。(写真左)

 伊勢海       1920年以前

 藤紫色に濃藤紫の絞りと白色の脈が走る。弁は大きく重なり、弁質は縮緬状でよく縮み、周縁は波状の襞がある。鉾は弁よりやや濃色の絞り。芯は白色で周縁と先端が弁と同色。蜘蛛手がよく顕れる。  本種は鉾と芯が小型なため、大きい弁がより大きく見える。伊勢ハナショウブの特徴を良く具えた良花である。葉は幅広く、いかにも堅そうで剣葉である。(写真右)

 薄化粧    1904年以前
 大きな花で、弁はごく薄い桃色に薄紅色の脈が入り、周縁はやや色濃。弁はよく縮み、重なりも良く富士山形に垂れる。鉾は弁と同色だがやや濃色。芯も全体が弁と同色で、蜘蛛手がよく発達し、粗く大きい。 染色体数が2n-25の異数体で、繁殖力は良くない。伊勢ハナショウブ古花の名品の一つである。
 落葉衣         1907年
 白地に青紫色の薄い絣の入る爽やかな色彩で、周縁は白色。縮緬状の弁は大きくよく垂れる。鉾は弁と同色の立ち鉾、濃い青紫色の糸覆輪がアクセントになっている。芯も白地にごく薄い青紫色が少しまじり、蜘蛛手がよくわかる。草丈は中幹。葉は細く強直性である。

 乙 女       1904年以前
 淡い桃色で弁の基部はやや濃色だが、満開を過ぎると一様に薄くなる。縮緬状の弁は大型でよく重なり、周縁部に波状の襞がある。肩を落としてよく垂れる。鉾は弁と同色で小さく斜立し、芯も弁と同色で小さく、蜘蛛手が少し見られる。 弁、鉾、芯とも全く同色で、弁の基部のやや濃色がアクセントになり、すっきりとした感じの花である。

 桂 男       1930年以前
 純白で縮緬状の大きな弁を持ち、先の方が波状になり、互いによく重なる柔らかみのある咲き方。鉾は斜出し、芯には大きな蜘蛛手が見られる。 草丈は高く、大輪の良花だが、花茎が細くややアンバランス。植え替えの時、弱い苗しかとれず、翌年開花するかと心配するほどである。

 神路の雪      1940年以前
 純白で厚手の大きな弁を持ち、全体に縮緬状で周縁が波状に縮れて、弁はお互いによく重なり垂れる。鉾は純白で直立し、芯も純白で小さく、蜘蛛手は粗く大きい。  草丈はやや低く、葉と花の高さは同じ。葉は剣状で幅広く堅い感じがある。繁殖はよくない。開花期はやや晩生で、他の品種が咲き終わるころに咲き出すのでよくわかる。  純白の伊勢ハナショウブは多くの品種があり、本種には同名異種の別物もある。しかしこの古花の「神路の雪」は、風格の高い花で、名品の一つと言って良いだろう。
 銀沙灘     戦前
 白地に薄青色のぼかしで、白筋の入る大輪のすばらしい花である。弁は縮緬状で周縁は波状の襞が多くあり、よく重なりゆったりと垂れる。蕾のときは水色で、咲き始めると青色になり、満開には銀色というか、薄墨色になる。「銀沙灘」という名前は、この花色から付けられたのではなかろうか。鉾は白色で青紫の糸覆輪が入り直立する。芯は白色で、蜘蛛手がある。  草丈は中幹。剣葉で草勢は弱く、繁殖力は劣るが、上品で奥床しい花は、私の大好きなものの一つである。

 狩 衣       1930年以前

 薄藤色の無地で基部がやや濃色。同じ色のやや濃い細脈が一面に入る。弁はよく縮み大きく、お互いに重なり良く垂れる。鉾は小さく弁と同色で直立し、芯は中央部が白色で、先端が花弁と同色。蜘蛛手がみられる。(写真右)

 京舞子       1904四年以前

 白地に紅紫の砂子絞り。弁元白く抜け周縁に近いところほど濃色、細かい同色の脈が入る。大輪花で縮緬地の弁はよく重なり、ゆったりと垂れる。鉾は紅紫色の砂子絞りに白色の糸覆輪が入る。芯も紅紫の砂子絞りで、よく発達した蜘蛛手があり、淡色の花弁との釣合いが整った二色花といえる。  葉は少し垂れ、草勢は強く株の殖え方も良好。染色体数2n-25の異数体である。伊勢ハナショウブ古銘品の一つである。

 月宮殿       1940年以前
 白地に薄青のぼかしが入る大型のすばらしい花で、縮緬状の弁はよく重なり、地蔵肩に垂れる。鉾は白地に藤紫色の糸覆輪が美しく、よく直立する。芯は白地に薄青のぼかしが入る。  伊勢ハナショウブは弁の周縁に波状の襞があり垂れ下がるものが多いが、本種はよく縮むがあまり襞はなく、丸味のある花形で、他の品種とは異なった感じを受ける。私はこの花に高い気品を感じ、好きな品種の一つである。

 月 魄       1930年以前
 かすかに青紫色がかっているように見える雪白色で、弁全体に縮みがあり、周縁に波状の襞がある。鉾は直立し、弁よりも青紫色が濃い。芯も多少青紫色を帯びており、蜘蛛手が少し見られる。  冨野耕治が一九五六年に同名異種の近似品種を作出したが、古花の怒り肩に対しこちらの方は丸肩状でおおらかに垂れる。また、古花は葉幅せまく剛直で、冨野作の新花は葉の幅が広く薄緑色でやわらかい。古花の方は晩咲きである。

 九 重       1932年以前
 濃紫紅色無地の大輪で、縮緬状の弁はよく垂れる。鉾は弁と同色で斜出している。芯も基部から全体が花弁と同色で、蜘蛛手が少し見られる。  一九五六年に冨野耕治が同名異種の新花を作出した。酷似しているが、新花は紫色で古花は紅紫色であるのが大きな相異点。また、新花は側蕾が出やすいが、古花にはこれが見られない。

 五節の舞           戦前
 薄青紫色の弁に紫色の細脈が密に入り、よく縮んだ弁は大きく波打ち垂れる。鉾も弁と同色で少し赤味が加わり、基部ほど色濃く、弁と同じような脈も少し赤味がかっている。芯も弁と同色で大きく、濃色の網目模様があり蜘蛛手が見られる。  草丈は長幹で、草勢は強い方である。

 小 蝶            戦前
 純白の中輪花。縮緬地の大きな弁はよく重なって咲く。鉾も純白の立ち鉾で、芯も純白で小さく、蜘蛛手は粗く大きい。  葉は細く直幹の剣葉。側蕾も出ず、伊勢ハナショウブの特徴を満たしている。繁殖力は弱い。

 桜 狩       1930年以前
 桜色の弁に白絞りが少し入り、弁の周縁に白覆輪が入る。縮緬状の弁質を持ち、よく重なり垂れる。鉾は弁と同色だがやや薄色。芯は弁と同色で、蜘蛛手が美しい。桜の満開を思わせる、日本人好みの桜色の花である。  草丈は中幹、葉は剣状の立葉で、繁殖良く作りやすい。

 早乙女
       1931年以前

 やや薄い混じり気のない、透き通った感じの桃色の弁に、少し濃い藤紫色の脈が走る。縮緬状の弁質を持ち、弁の間に隙間がなくお互いに重なり、波状の襞がありよく垂れる。鉾は弁と同色で小さく直立する。芯も全体が弁と同色で、蜘蛛手は深く数本切れ込む。  葉は幅狭く緑が薄い。草勢はやや弱く、繁殖力が劣る。(写真右)

 残 月 
       1932年頃

 雪白色に薄紅色がかすかに掛かり、同薄紅の脈がかすかに走る。弁は大きくよく縮み、隙間がなく互いによく重なる。周縁は大きな波や襞があり、よく垂れる。鉾は弁と同じでよく引き締まる。芯も弁と同色で、蜘蛛手が美しい。全体として花容が整っており、弁基部の密標の黄色がアクセントになっている。  明け方の西の空に浮かぶ月を見立てた作者の心憎いまでの審美眼に、唯々関心するばかりである。
(写真左)

 紫雲台       1904四年以前

 紫紅色の無地で、濃紫の脈が入る。弁の基部が特に濃色。弁はよく縮み、周縁が波状になる。鉾は弁と同色でやや薄く立ち鉾。芯も弁と同色でやや濃色。 葉は幅の狭い剣葉である。(写真右)

  四海波       1904年以前
 白地に薄い藤紫色がぼかし、美しい藤紫色の脈が入る。弁の縮みはやや少ないが、周縁が波状に大きく垂れる。鉾は濃い赤紫色に白覆輪。芯は赤味のない藤色で、蜘蛛手が顕著。弁は淡色で、鉾は弁と異なった色彩を持ち、芯の色も違う派手な花である。  何時からかは不明だが、松阪と津に同名異種があり、松阪のものを「四海波」、津のものを「四海波」と区別することにした。 四海波  薄い藤紅色地に白筋が幾条も入る。弁は縮緬状で弁質薄く柔らかい感じで、よく重なる。鉾は同系統の薄い色で直立し、弁と同色の糸覆輪が入る。芯も弁と同色。  伊勢ハナショウブは花茎に側蕾が出ないのが特徴だが、本種はこれが出るのが欠点である。

 紫宸殿       1933年以前
 濃い紅紫色の無地。あまり大きな花ではないが、よく縮み垂れ下がる。鉾は弁と同色で斜立する。芯は基部から弁と同色で、蜘蛛手は小さい。  草丈は中幹。葉は剣状。花茎は葉と同じくらいの高さで、弁、鉾、芯とも同色で小じんまりとしたバランスの良い品種である。開花期は遅く、私が栽培する古花中の最晩生種である。
  紫撰集       1930以前
 藤紫色の大型の弁に同色の濃い網目が入り、弁中央に五本の白筋が走る。縮緬状の弁質を持ち、弁の周縁は波状の襞があり、よく垂れる。鉾も弁と同色で、中央部が白色のぼかし状になっている。芯も弁と同色で、蜘蛛手がわずかに見られる。  長幹で葉は垂れる。

 衆指誉       1904年以前
 白地に赤味を帯びた紫の砂子絞りで同色の濃い筋が入る、大輪で色彩の派手な花である。鉾はやや小型で濃赤紫色に白糸覆輪が入り、同色の脈が入る。芯は薄色で周縁のみ淡藤色がかかる。蜘蛛手は小さい。  葉は幅広の剣葉で長く、草勢は強く作りやすい品種の一つだが、側枝の出るのが欠点である。

 白 雲       1920年以前

 純白色の中輪花。弁は幅に対して長さは短く、周縁の波状の襞も少ないので、あまり垂れ下がらない。鉾は弁と同色の純白色の小型の立ち鉾。芯も同色で蜘蛛手が顕著である。  草丈は長幹で葉幅広く、草勢は強い方である。(写真右)

 白 滝            戦前
 純白色のやや小型の花。襞のはっきりした波状の弁は、よく重なり垂れ下がる。鉾も純白の立ち鉾。芯も同色で蜘蛛手はごく小さい。  草丈は中幹で、葉幅の狭い立葉性。花茎と葉の高さはほぼ同じで、丈夫な品種で繁殖も良い。

  真如の月
 「瑠璃紺」と言われる混じりけのない青紫色で、色が濃いため花壇作りにするとよく目立つ。弁元のにある蜜標の黄色が目立つ。弁は厚手で大きく、よく縮みお互いによく重なる。鉾は小型の立ち鉾で、青色に青味が加わる。芯は弁より紺色が強い。  大型の良い花だが、側枝が出るのが欠点。五月中旬に開花する早咲きで、草丈は中幹、葉は少し垂れぎみである。

  不知火       1904年以前

 渋味を感じる紫色を帯びた濃い桃色で、同色のやや濃い筋が入り、蜜標から三〜四の白筋が走る。弁はよく縮み、周縁が波状で、隙間がなくお互いによく重なる。鉾は弁と同色で大きく斜出し、芯も同色で蜘蛛手は小さい。  開花は六月上旬で、草丈は中幹、側枝が出やすく、葉は垂葉である。(写真右)

 涼 風       1910年以前
 ごく淡い鼠青色で、弁元は白く周縁になるに従い濃色になる。縮緬状の大型の弁は、お互いによく重なる。鉾は弁と同色の淡鼠青色で白覆輪が入り、立ち鉾で引き締まる。芯も同色で、蜘手は粗く大きい。  染色体数2n-25の異数体。伊勢ハナショウブ古銘品の一つである。

 涼 波       1920年以前
  白地に淡藤色がかかる大輪で、同色の少し濃い筋が見られる。弁はよく縮み、周縁が波状になる。蕾は大きく青紫色だが、開花すると薄くなる。鉾はやや大き斜立し、弁と同色で濃色の筋が入る。芯も弁と同色だが、先端はやや濃く、蜘蛛手が明瞭に出る。  葉幅は狭く、緑薄く直立する。(写真下)

  龍 巻            戦前

 濃青紫色。花弁は縮緬がよく発達し、花全体が巻き上がるように大きく捩れて垂れ下がる。弁の基部から同色の濃く太い脈が走る。鉾も同色でやや大きく、芯も同色で蜘蛛手が粗く大きい。染色体数2n-25の異数体。草勢は弱く栽培は難しい。

 夏 姿            戦前
 淡藤紫色に弁元白く抜け白絞りがぼかす大輪花。縮緬状の弁質を持ち、よく重なっておおらかに垂れる。鉾は小さく弁と同色でよく直立し、あまり目立たぬ細脈がある。芯も弁と同色で、蜘蛛手が顕著である。鉾、芯とも小型で直立するので、すっきりした感じで、大型の花弁がより大きく見える。染色体数2n‖25の異数体。伊勢ハナショウブ古銘品の一つである。

 浪花津        1940以前
 純粋な桃色地に、藤紅色の脈が入る。弁は縮緬状、地蔵肩の垂れ咲きで、弁の周縁に波状の襞がある。鉾は直立し弁と同色。芯も弁と同色で蜘蛛手が顕著である。花付きも良く丈夫な品種で作りやすい。

  羽 衣        1904年以前

 黒紫色とも言える紅味ある濃紫色で、基部から白い筋が五本周縁に向かって入る。弁はよく縮み、地蔵肩で周縁が波状になり、お互いによく重なって垂れる。鉾は弁と同色で斜出し、基部は白色で白い筋が入っている。芯は白く先端は弁と同色。  大輪で色彩が鮮かな良花だが、側蕾が出るのが唯一の欠点。草丈は長幹で、草勢は強い。

 羽衣の舞      1920年以前

 濃い赤味のある紫色の大輪花。弁はよく縮み、弁質柔らかく、捩れることがある。鉾は直立し、白色地に弁と同色の覆輪が入る。芯も白色で先端は弁と同色。蜘蛛手は粗く大きい。鉾、芯とも小型なため、花が大きく見える。  葉は幅の広い濃緑色の剣葉。六月に入って開花する。
 白 鶴       1904年以前

 雪白色で弁先にごく薄い水色が入ることがある。弁はよく縮み、互いに重なり、周縁は波状になり襞が多い。形の整った優美な花である。鉾は雪白の長卵形で斜出する。芯も雪白色で、蜘蛛手は粗い。  草丈は低く葉も細い小型種。花が咲きやすい性質があり派手であるが、次年度用の新しい良苗が出来ない傾向があり、困ることがある。

 花の司       1940年以前

  鮮桃色の中輪花で、弁の基部ほど色が濃く周縁ほど薄色となり、紅紫の筋が入る。弁はよく縮み、周縁は波状の襞がある。鉾は弁と同色でやや大きく斜立する。芯も弁と同色で、蜘蛛手は小さい。 草丈は短幹。剣葉で作りやすい。 春 雨 紅紫色に同色の濃い色の筋が入り、白絞りが少し入る大輪花。弁はよく縮むが襞は少なく、他の伊勢系の花とはやや異なり、丸みある花形であまり垂れ下がらない。鉾は弁よりやや薄色で、小さく直立する。芯は弁と同色でやや濃く、蜘蛛手がよく見られる。(写真下)

藤 代       1931年以前

 「藤袴」よりやや濃い薄藤紫色で、同色の濃い脈が入る。弁はよく縮み起伏があるように見え、周縁に近い所に波状の襞が見られる。鉾は弁と同色でやや薄く、基部は白く斜立する。芯は白色で周縁が弁と同色。粗い蜘蛛手がある。  六月初旬に開花する早生種。草丈高く葉は軟質の垂れ葉。花壇で肥培すると側蕾の出ることがある。

  藤 波       1904年以前

 赤味の少ない明るい紫色に同色の濃い脈が走り、弁元の蜜標がよく目立つ。縮緬地で襞の多い弁は互いによく重なり大きく垂れる。鉾は弁と同色の小型の立鉾。芯も弁と同色で蜘蛛手がある。  草丈は中幹で繁殖力も強く、六月初旬には開花する早咲種である。
(写真左)

藤 袴       1930年以前
 藤紫色の無地に、同色のやや濃い脈が入る。弁は柔らかい感じの縮緬地の薄弁で、周縁が波状になりよく重なり垂れる。全体におとなしい感じの花である。鉾は弁より稍色薄く、やや大きく斜立し倒伏しやすい。芯も弁と同色で、蜘蛛手が見られる。  葉は細くやや垂れ葉で、六月初旬には咲き出す早生種である。

  紅孔雀           戦前
 ビロード濃紅紫に同色の筋が入る大輪花。弁の色が濃いので蜜標がよく目立つ。弁は縮緬がよく発達し、怒り肩でよく重なり垂れる。鉾は弁と同色でやや淡く、白い脈が走る。芯も同色で、蜘蛛手が小々見られる。  草丈は中幹で葉は剣葉。花茎の伸びが良く、葉とのバランスは良くない。草勢は強い。側蕾が出る。五月中旬には開花する早生種。花茎がよく伸び大型の花を付けるので、花壇でよく目立つ。
(写真下)

 宝 玉            戦前

 「鳩羽色」と呼ばれるくすんだ藤色に、やや濃色の細脈が弁元より放射状に走り、弁周縁は白糸覆輪となる。弁元の黄色い蜜標がよく目立つ。弁はよく縮み、大型でよく垂れる。鉾は立ち、少し桃色がかるくすんだ藤色で、同色の濃い脈が入る。芯は鉾と同色で、蜘蛛手が見られる。  草丈はやや低く、花茎と葉とのバランスが良い。花壇植えの場合は良いが、鉢栽培では時として開花しない株があるのが欠点である。

 蓬莱山       1940年以前

 わずかに青味がかった濃紫地に白の小絞りが密に入りる。一つ一つの花の絞り具合が微妙に異なり、花の半分が濃色のものや、ごく色の薄い花も咲いたことがある。弁は大型でよく垂れる。鉾は立ち性、芯ともに弁と同色。蜘蛛手は粗く大きい。  染色体数2n-25の異数体で葉は剣状で硬直。草勢は強健で繁殖力が強く作りやすい。花壇作りすると、希に純紫色の花が咲くことがある。伊勢ハナショウブの古花の特徴をよく備えた名品としてあげられる。

 松阪司       1940年以前
 赤味がかる濃い紫色に不定形な白筋が途切れながら幾条も走る大輪花。弁は肉厚で縮緬がよく発達し、弁がごつごつと著しく変形して垂れる。鉾は大型で直立し、白地に弁に似た紅紫色の覆輪ぼかし。芯も白色で先端が紅紫味を帯びる。異様な咲きぶりで、雨に当てると満足に開花しないことがある。ごく近似の品種に「伊勢誉」があり、こちらの方は花色が赤味を帯びた藤紫色である点が異なる。  草丈は中幹。葉はこわばった感じの広葉で、風が強いと折れやすい。染色体数2n-25の異数体で、繁殖力が劣り、一番芽が花茎の両側に出ないことがある。

  御代の春 A     1904年以前
 白地に弁先の半分くらいが淡い紅桃色の大覆輪となる。弁は一見絞りに見えるほどよく縮み、大きく互いによく重なり、怒り肩なので花がより大きく見える。鉾は直立し、弁と同色で、やや濃色の糸覆輪がある。芯は白色で、先端のみ弁と同色の糸覆輪で、蜘蛛手は粗く大きい。  葉は幅の広い剣葉で、葉と花とのバランスが良い。草勢、繁殖力とも弱い。 いつ頃からか判らないが、松阪と津で異品種に同じ名前が付いてしまい、御代の春は二つのタイプがある。混同をさけるため、松阪のものを「御代の春 A」、津のものを「御代の春 B」として、区別することとした。

 御代の春 B 
     1935五年頃
 薄い藤鼠地に白の小絞り、弁元色濃く、同じ薄藤鼠色の脈が目立つ。弁はよく縮み、大きく重なり合って垂れる。鉾は弁よりやや赤味が掛かり、同色の脈が走り、周縁は白覆輪がぼかす。芯も弁と同色で、粗い蜘蛛手がある。  良花だが側蕾が出るのが欠点である。

 紫式部       1940年以前

 濃紫地に、弁元の黄色い蜜標が鮮やかな花である。弁はビロード地でよく縮み、同色で少し濃色の脈が走る。鉾は弁と同色で斜出する。芯も弁と同色で、基部はやや薄く、蜘蛛手は少ない。  草丈は短幹、剣葉。花茎と葉は同じ高さで、中輪だが花と葉のバランスが良く、弁、鉾、芯とも同色でまとまった感じの品種である。(写真右)

 桃の里            戦前

 澄んだやや濃い桃色の花で、同色のより濃い脈が入る。富士山型の花で、咲き始めに薄色の絞りが出るが、満開頃には消える。鉾は弁と同色で、小さく斜出する。芯も弁と同色で、蜘蛛手は粗い。  葉は剣葉で、葉と花茎の高さは同程度で、草姿のバランスがとれている。開花期は6月中旬過ぎで、やや晩咲きである。
(写真左)

 大和衣       1904年以前
 白地に青紫色がまじり白色の絞りが入る。弁は大型で強い縮みがあり、周縁に波状の襞がある。鉾はやや濃い青紫色に濃色の脈が入り直立する。芯も鉾と同色で、蜘蛛手は少ない。

 夕 霧       1904年以前

 艶やかな濃い藤紫地に、濃紫色の筋が入る。弁は大型で厚く、よく縮む。鉾はやや大きく斜出し、基部から先端まで弁と同色。芯も全体が弁と同色で、蜘蛛手が大きい。  弁、鉾、芯とも全く同色で、雄大な感じの花。性質は丈夫で繁殖も良く作りやすい。六月になって開花する晩咲きの品種である。