私が友人と三人で、横浜市中区本牧のカルチャーセンターの太極拳教室に通いだしてから四年になる。太極拳はご承知の通り、中国古来の武術だが、その心は園芸道に通じるものあり、私の考えることを書いてみる。
太極拳を演じている人を見たことがあると思うが、一体全体なぜあんなにゆっくりと動くのかという疑問がわくでしょう。太極拳の原動力は勁(ケイ)にあり、身体の中にその勁の通る道をまず作ってやらないと、道の無いところには勁も通れない。そこで筋肉、関節靭帯を緩め、腰から四肢へと誘導していく。
このように勁を運んで行くためには、ゆっくりと時間がかかる。そこで、植物も同じ原理で育っていくのではないのかと想像してみる。根、茎、葉、花と夫々に勁の道が作られ、勁力がゆっくりと運ばれ成長していく。
中国の古典の後漢書に、「疾風に勁草を知る」という言葉がある。勁草とは強い草のことで、風の穏やかな日には、強い草も弱い草も区別がつかない。だが、ひとたび疾風が吹き荒れると、弱い草は地べたにはいつくばってしまうが、強い草は叩かれても叩かれても、頭を上げてまっすぐに立とうとする。疾風の吹き荒れる日にこそ、勁草の真価が発揮される。勁草とは、つまり太極拳でいう勁の通った草と言うとすれば、飛躍しすぎる例えかもしれぬが、反面擬人化した表現として面白いのではないか。なお、この漢語の意味することは、平穏無事な日には、強い人間も弱い人間も見分けがつかないが、困難や逆境に陥った時に、初めて人間の真価が発揮されるということだ。
太極拳でよくいう立身中正、上虚下実という言葉も、植物に適用できる。立身中正とは、背筋を伸ばして真直ぐに立つ、そのためには全体の中で腰がおちて、踵にしっかりと乗っている必要がある。
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花菖蒲の観賞のポイントとしては、花の美しさはもとより、草姿が大切で、葉や茎がしっかりしていなければならない。特に鉢植えで観賞する場合、茎は真直ぐ、葉は鋭い刃身のように伸びると見映えがする。そのためには、土にしっかりと根が張っていなければならない。そこで、太極拳でいう上虚下実という言葉が浮かぶ。人間の上半身の重量は、皆腰で負担しており、腰を真直ぐにしてしっかりと安定させる。そして腰と足とをつなげている股関節でリードしながら、太極拳の形を演じる。花菖蒲にとって腰に当たる部分が株(根茎)で、関節に当たる部分が根と思えば良いでしょう。
丈夫な根茎からは、若くて勢いのあるヒゲ根が沢山出る。植物は根から水分を吸収し、空気中の炭酸がスと日光によって澱粉となり、それが栄養のもととなる。よっていかにして良い根茎を作るかがポイントであり、花後の秋の季節に十分に肥培することが大切である。春になってからは、根茎に蓄えられた栄養をエネルギーとして自然に成長していく。筆者は、秋に肥培を怠り、翌春にやたらと施肥した結果、花がちじれたり、ねじれたりして大失敗したことがあった。上部につける花には虚をもってあたり、下部につける根茎には実をもってあたるということだ。
花菖蒲の持っている勁の働きをもって成長し、上虚下実で株(根茎)を充実させ、立身中正で茎を真直ぐに伸ばす。これが花菖蒲栽培の要諦だ。
勿論、花菖蒲の作業に入る前には、私自身も準備体操として、太極拳の形を演じる。それで身体が放松(ハンソン)して、リラックスして、気持ち良く作業が出来て疲れが残らない。これも太極拳の効用だと思っている。
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