あやめ漫談 その4 カキツバタ 夢 勝見
この絵と実物のカキツバタを見比べながら、この花をどのような方向に育種して行ったらよいのかと、あれこれ思案した若い日から数えて早二十五年を過ぎたが、さした業績のないまま今日に到ってしまった。今回はこのカキツバタについて小生の実生経験を中心に語ろう。 生態と変異性 カキツバタは好水性イリスの多い中でも、完全な沈水性イリスとして特筆するべき種である。山地の池沼に群落をつくり紫青色の花を毎年五月に開く。私は現地での変異はそれ程観察していないが、愛知県刈谷市の杉浦正巳氏は、同市の小堤西池にあるカキツバタの大群落の中に多くの変異を発見・報告している。同一個所からこれほどの変異があるということは、元来、ノハナショウブ以上に変異に富んだ種と言えよう。昔はこの花の絞り汁を衣服の染色に用いたということで、カキツケバナ(擦り付け花といった意味を持つ)と言われたとされており、この名が現在のカキツバタの呼び名に継承されている。 |
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栽培上の問題点 冬季を除いて滞水栽培すべきものである。水深は株元から四〜五センチ。深くても十センチ程度には止めたい。用土は庭土や田土でよいが、生育期に水位が下がり表面の土が露出するようであると、ネコブセンチュウの被害が拡大し生育に支障が出ると思われる。 花菖蒲と同様に有機質の肥料を多く施すと生育が目に見えてよくなる。病害としては上記の他に軟腐病があり、これがやっかいで、油断していると貴重品種が絶えてしまう。野生種での変異性からしてもっと栽培品種が残されていても良さそうなものだが、一般的には五、六品種しか普及していないのは、この軟腐病に対する抵抗性品種が作出・普及していないためであろう。 カキツバタの育種について (1)花 色 花弁の色彩は白色、灰白色から水色、薄紫、紫、紅紫へとその濃淡、色調の変化等が観察される。RHSのカラーチャートで照合するとからまでの範囲で変異が観察されるが、今後の育種努力次第でこの幅は広がるであろう。 雌しべへの着色もまた気になるところで、純白のものから細筋程度、更に全体に及ぶものまで様々である。小生は着色しないものの方が上品に見えて好きである。 (2)配色パターン カキツバタには、通称「吹っ掛け絞り」というパターンが特徴的です。白色の紙の上に墨などをスプレイしますと黒く斑点模様が出来るが、このようなパターンのことを昔からそう云うようである。 我が国には「色紙」や「墨流し」という技法(遊び)があり、上記の「吹っ掛け」は勿論、水面に墨を垂らして出来た模様を和紙に写し取ったり、色調の異なる色紙を重ね合わせてたりして本の表紙を飾ったりした時代があった。こういう色彩の楽しみ方は、現代の我々も受け継いでいるようです。例えば花菖蒲園等に行きまして花菖蒲の花を見ますと、割と限られた色彩の範囲の色しかないにも関わらず、その配色パターンを換える事によって、あたかも色々な色彩があるような錯覚を起こし、何となく満足してしまいます。この事は色幅の少ない染料しか手に入れることが出来なかった古代の人々が、上記のような色紙遊びを思いついたのと同じように、数少ない色素遺伝子しか持つことの出来なかった先輩育種家が、限られた色素遺伝子を目一杯使って頑張った結果ではないかと心情的に思えてならない。 少し横道に逸れたので話を基に戻しますが、「吹っ掛け」の斑点にも勿論その濃淡、多少などある程度の幅があります。また、このパターンとある程度の関連があることですが、「舞孔雀」という品種に見られるように、外弁基部よりV字状に色彩が抜け、更に弁端から白覆輪になるものは、地色が濃色の場合に極めて美しいものである。 (3)弁 形 園芸植物一般に見られるように、剣弁から丸弁への発達段階が見られる。現在の品種の多くは卵型のものが殆どですが、小生の実生の中には完全な丸弁のものが出たので、花菖蒲のような横楕円形のものもいずれ出現するでしょう。 (4)花型 三英と六英花が見られるが、内弁が外弁との中間の大きさで斜立する丁度中間型の品種(モトルド・ビューティ)も存在します。次にいくつかの項目に分けてこの花型の詳細を見ることにしよう。 @ クレスト中心の改良 カキツバタの育種においても、丸弁の大輪花を目指すのがオーソドックスな行き方かもしれないが、度が過ぎると花菖蒲と同じ様な花になって、カキツバタの花の持つ美の本質(私はそれが雅趣という言葉で表現したいと思う)を失ってしまいそうで、注意すべきだと思う。 カキツバタの花器の中で雌しべの先端に直立するクレスト(ずい片)は、注目に値する。他のイリス属植物の育種において、このクレストの存在はあまり考慮されていないが、カキツバタの花において、この存在は花全体の雰囲気を引き締めるための、大事なのアクセントとなるのではないかと思われる。カキツバタの基本型つまり三英花において、このクレストの大きさと形を考慮して育種してゆくと、同じ大輪でも花菖蒲にはないシルエットを持った美しい花ができてくると思えてならない。 A雄しべの変化(図−1) 次に大切なのは雄しべの変異である。舞孔雀という品種があるが、この品種は雄しべが雌しべ化の方向に向かって変異していっている。中でも面白いのが棒状になった雄しべの先端に大きなクレストが形成されていることがある。カキツバタの六英花は実際みすぼらしいものが殆どであるが、舞孔雀のように雄しべが雌しべ化していたり、クレストが発達していたりすると、花芯部が賑やかになって見応えがでてくる。 B雌しべの変化(ヘテロスタイリー) カキツバタを実生してみると、花柱支の短い花と長い花とに分離してくることが、時折観察されます。この現象を植物学的にはヘテロスタイリーと呼ぶようだが、長柱花でクレストや雄しべが発達しているものは短柱花と比較して美しさが勝るようです。また、短柱花と思われるものでも開花後、花柱支が伸長してくるものもある。この性質は現在は問題とされないだろうが、これを花芸として観察し、のんびり時を過ごすような生活のゆとりがあっても良さそうなものである。(4) 芳香性 カキツバタには青臭い香りをもつものがいくつかあるが、一部の実生に、甘い香り(スウィート)と辛い香り(スパイシー)を出すものがあります。シベリアアヤメやハナショウブにもその気配がないではないが、カキツバタの匂いはより確実である。発展させて見たい形質の一つだ。 (5) 四季咲き性 昔から四季咲き性を持った品種があります。この性質はかなり広くカキツバタの集団の中にあるようで、一季咲き同士の交配組み合わせからでも、時折、四季咲きの個体が現われる。盛夏の旧盆の時期に葉狩りをすると、その刺激で秋によく開花するようです。 終わりに 残念ながら、カキツバタは軟腐病に極めて弱く新花の普及を妨げている。また、ネコブセンチュウにも極めて感受性で、この二種の病虫害を克服 しないと、今後の大きな躍進は期待出来ません。しかし、アイリス愛好者の間では世界的に最も注目されている種のひとつです。普及を願って毎年、欧米へ交配種子を提供して人気を博していますが、本家の日本人の間でもどんどん育種が試されて欲しいと願っています。小生の育種品のいくつかをこの紙面でご覧下さい。 |
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