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カムチャッカ産ヒオウギアヤメ

あやめ漫談   その三.ヒオウギアヤメ                                     

      夢 勝見


 ヒオウギアヤメという名前は、葉の形態が檜扇状で花がアヤメに似ていることから付けられた。南限は岐阜県の北部でそれ以北の山地や北海道、千島にもあり、我が国に分布するイリス属植物の中では最も北に分布する。外花被片の基部にはアヤメに見られるような網目模様があるが、内花被片がとても小型で卵状皮針形、先端が尖っているのが特徴だ。
 この内花被片の形態は、その変種を同定する際にも有用である。長野県、霧ヶ峰高原の鎌ヶ池にはキリガミネヒオウギアヤメという変種が、栃木県の那須高原にはナスヒオウギアヤメというもう一つ別の変種が見られ、いずれも内花被片の形態がやや異なり同定の際の決め手となる。双方とも基本種より大型でカキツバタとの自然交雑種とも考えられるが、キリガミネヒオウギアヤメの方は、そう言いきれないところがあるようだ。例えば、霧ヶ峰にはカキツバタはあるももの、片親である筈のヒオウギアヤメの自生がなく、自然交雑を起こしたというには矛盾がある。また、ナスヒオウギアヤメは昭和天皇の著書「那須の植物誌」に紹介され、昭和天皇ご自身も興味をお持ちであったので、両変種との話題に事欠かない。花色の変異は一般には知られていないが、世界中から種子や株を取り寄せて開花させて見たところ、基本色の青紫色の他、白色、薄紫、空色、ピンクなどかなりの幅がある。我が国のものだけを集めても、かなりの変異がみられるので次に紹介しよう。

ヒオウギアヤメ 志賀高原にて


 長野県の志賀高原には高天ヶ原というスキー場で有名な場所があるが、同時に高山植物が多いことでも知られている。ヒオウギアヤメも沢山みられるところで、ここより更に上へ夏山リフトで登ってゆくと東館山高山植物園がある。頂上部はコマクサを代表とする砂礫地に咲く花が多いが、南斜面は湿原となっており、ニッコウキスゲやヒオウギアヤメが沢山生育していて、ヒオウギアヤメの豊富な花色の変異がみられる。写真1〜4の花はその中の一部であるが、この変異の収集は園長である春原弘氏の努力の結果である。氏は長年、この地域の貴重な植物を守り育ててきた方で、いろいろな植物やその変種にも興味を持たれ、特に変わったものが発見されると採集もされた様だ。ヒオウギアヤメもその中の一つで、花色の変わったものがあると、それら集められこの植物園に植栽された。幸運なことに、ここの湿地はヒオウギアヤメにとって適地であったようで、園内で自然繁殖し開放受粉による花色の変異が蓄積されたようだ。実際、普通色の他に、白・薄紫・薄桃色などがあり、交配実生畑を歩いているようでとても楽しくなる。氏についてはご存知ない方が多いと思われるので、我が国のイリス属植物の研究・発展に尽くした一人として此処に紹介し、その労に少しでも報いたい。

キリガミネヒオウギアヤメ
ナスヒオウギアヤメ
ピンクヒオウギアヤメ
白花ヒオウギアヤメ

 さて、次に眼を広げて、このヒオウギアヤメの地球状での分布について少し考えてみよう。冒頭で、我が国における分布は北海道、千島と言ったが、西は朝鮮、中国北東部、東部シベリア、東はアリューシャン、アラスカ、カナダ、アメリカ北東部と二大大陸に跨っている。分布が広大なためか、亜種、変種、品種(フォルム)の記載が多く、産地によってかなり変異がある。先年、加茂元照氏がハバロフスクで採集した鮮やかな青紫色の花の写真を、ある植物学者に見せたところ、同種とはとても言えないと言っていたので、新変種もまだまだ見つかって行くことだろう。北米側では、さすがにある程度調査がなされているようで、アラスカの海岸沿い一帯に分布するものを一応、我が国と同じ基本種であるとしているが、それより内陸にあるものを亜種「インテリオル」としている。更に、東北部アメリカのニュ−ファウンドランド辺りにあるものを、亜種「カナデンシス」とするなど、地理的に異なった変種が分布していることが判明している。

 長野県の志賀高原には高天ヶ原というスキー場で有名な場所があるが、同時に高山植物が多いことでも知られている。ヒオウギアヤメも沢山みられるところで、ここより更に上へ夏山リフトで登ってゆくと東館山高山植物園がある。頂上部はコマクサを代表とする砂礫地に咲く花が多いが、南斜面は湿原となっており、ニッコウキスゲやヒオウギアヤメが沢山生育していて、ヒオウギアヤメの豊富な花色の変異がみられる。写真1〜4の花はその中の一部であるが、この変異の収集は園長である春原弘氏の努力の結果である。氏は長年、この地域の貴重な植物を守り育ててきた方で、いろいろな植物やその変種にも興味を持たれ、特に変わったものが発見されると採集もされた様だ。ヒオウギアヤメもその中の一つで、花色の変わったものがあると、それら集められこの植物園に植栽された。幸運なことに、ここの湿地はヒオウギアヤメにとって適地であったようで、園内で自然繁殖し開放受粉による花色の変異が蓄積されたようだ。実際、普通色の他に、白・薄紫・薄桃色などがあり、交配実生畑を歩いているようでとても楽しくなる。氏についてはご存知ない方が多いと思われるので、我が国のイリス属植物の研究・発展に尽くした一人として此処に紹介し、その労に少しでも報いたい。


 さて、次に眼を広げて、このヒオウギアヤメの地球状での分布について少し考えてみよう。冒頭で、我が国における分布は北海道、千島と言ったが、西は朝鮮、中国北東部、東部シベリア、東はアリューシャン、アラスカ、カナダ、アメリカ北東部と二大大陸に跨っている。分布が広大なためか、亜種、変種、品種(フォルム)の記載が多く、産地によってかなり変異がある。先年、加茂元照氏がハバロフスクで採集した鮮やかな青紫色の花の写真を、ある植物学者に見せたところ、同種とはとても言えないと言っていたので、新変種もまだまだ見つかって行くことだろう。北米側では、さすがにある程度調査がなされているようで、アラスカの海岸沿い一帯に分布するものを一応、我が国と同じ基本種であるとしているが、それより内陸にあるものを亜種「インテリオル」としている。更に、東北部アメリカのニュ−ファウンドランド辺りにあるものを、亜種「カナデンシス」とするなど、地理的に異なった変種が分布していることが判明している。



 ところで、ヒオウギアヤメの内花被片が非常に小さいことから、かなり古いタイプのイリス属植物ではないかという人がいる。実際、その意見を指示するような交雑親和性の高さがあるように思える節もある。我が国には、先ほど紹介した自然雑種と思われるキリガミネ、ナスヒオウギアヤメの他、シガアヤメ(この知られざるアヤメについては、別の機会にお話したい。)があるし、北米では亜種のインテリオルとイリス・バージニカの一種とが交配したとものだと言われるイリス・バーシカラーが存在するなど、他種との交配親和性が高いようだ。今後、詳しい調査が進みその進化の過程が明らかになることを楽しみにしている。


 この花をアイヌ語では、カンピ、ヌイエ、ノンノと言うそうだ。「手紙を書く花」という意味で、蕾みの形が筆先に似ていることに由来するのだろう。毎年、7月初旬から中旬がこの花の見頃で、福島県の雄国沼や尾瀬ヶ原などから、他の植物と共に嬉しい花便りが届く。この時期、先に紹介した植物園を訪れれば沢山の色変わりが見られるし、霧ヶ峰の自然保護センターでは、手近に深い青紫色をしたキリガミネヒオウギアヤメの花を観察することが出来る。また、これに先立つ6月初旬には、栃木県の黒磯市の小川などに、ナスヒオウギアヤメが咲くとのことである。しかし、基本種は貴重な氷河時代の生き残りだし、変種の方は不稔であるので採集は止めて、写真に撮るだけに止めたい。