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細胞融合によるハナショウブとジャーマンアイリスの体細胞雑種の獲得

    宮崎大学農学部 藪谷 勤


1. はじめに

 ハナショウブの育種はその高い種間交雑不和合性のためにこれまで専ら種内変異の利用に依存してきた。その結果、本種では依然として花色や花型などの多様性に乏しいことが指摘されている(藪谷 1984)。そこで、このような短所を克服するためには、まずハナショウブと同じLaevigatae系に属するカキツバタ、キショウブ、Iris virginica L. およびI. versicolor L. といった近縁種との交雑により変異の拡大に努めなければならないが、交雑不和合性が種間雑種の獲得に大きな障害となっていた。しかしながら、胚培養法の導入や交雑条件の工夫により交雑不和合性が克服され、カキツバタやキショウブの有用変異をハナショウブに導入する研究が展開されている(藪谷 1984、1986、1989、1992a、b、Yabuya 1985、1991)。
 ハナショウブにおける育種の効果を飛躍的に増大させるためには、近縁種ばかりでなく遠縁種の有用変異を利用することも必要である。例えば、種間交雑により園芸種として著しい発達を遂げたジャーマンアイリスでは花色や花型の改良が進んでおり、ハナショウブにない花色、花型および香気性等の有用形質を有している。これらの有用形質をハナショウブに導入することが可能になれば、本種の園芸的価値はますます高まるであろう。しかしながら、ハナショウブはジャーマンアイリスと遠縁であり、両種の交雑では受精が全く生じず(桜井・冨野 1969)、従来の方法では雑種の獲得は極めて困難である。
 このような育種障害を克服する新しい方法として細胞融合による体細胞雑種の獲得がある。そこで、本稿では細胞融合による体細胞雑種の獲得に関する我々の取り組みについて紹介したい。



2. embryogenicカルスの懸濁培養

 細胞融合を遂行するためには懸濁培養細胞を利用したプロトプラスト培養系の確立が不可欠であり、しかもその確立のためには、どの組織をプロトプラスト単離の材料として用いるかが鍵となる。双子葉植物では葉肉、胚軸および子葉などの組織をプロトプラスト単離の材料とする場合が多いが、単子葉植物では葉肉などの植物体由来のプロトプラストにおける単離、培養は困難とされている。しかしながら、多くの単子葉では培養細胞からプロトプラストを単離、培養することで、その培養系の確立に成功している。培養細胞の中でも、懸濁培養embryogenic カルス(体細胞胚形成能力を有するカルス)は高い再分化能を有するだけでなく、増殖効率が極めて高いので、プロトプラスト培養に用いられる場合が多い。
 ジャーマンアイリスでは、葉、茎頂および花器官培養(Jehan et al. 1994)における体細胞胚形成を経由した植物体再生が報告されているが、懸濁培養系の確立までに至っていない。そこで、我々はジャーマンアイリスの花器官および葉基部の培養によりembryogenicカルスを誘導し、そのカルスを用いて効率的な懸濁培養系の確立を検討してきた。その結果、ジャーマンアイリスの品種「G1」の葉基部培養で誘導したembryogenicカルスの懸濁培養系の確立に成功した(Shimizu et al. in press)。
 一方ハナショウブでは、これまで花器官培養において器官形成による植物体再生が報告されているものの(市橋・加藤 1986、Yabuya et al. 1991、Kawase et al.1995)、embryogenicカルスの誘導に関する知見は全く得られていない。そこで我々は、ハナショウブにおいて未熟胚培養によるembryogenicカルスの誘導とその継代培養で得られた体細胞胚からの植物体再生に成功した。しかしながら、embryogenicカルスの懸濁培養によりカルスの増殖は認められたが、懸濁培養カルスからの植物体再生には至らなかった。



3. プロトプラスト培養

 Iris属植物ではプロトプラスト培養に関する知見が全く得られていなかったが、ジャーマンアイリスの品種「G1」において我々は懸濁培養embryogenicカルスに酵素処理して単離したプロトプラスト培養系の確立に成功した(Shimizu et al. 1996)。すなわち、「G1」のプロトプラスト分裂およびコロニー形成には、0.1-1mg/l 2,4-D、1mg/l カイネチン、200mg/lカゼイン加水分解物、250mg/lプロリン、0.2Mグルコース(または0.2Mスクロース)および15-20g/lアガロースを添加したN6培地が効果的であった。形成されたコロニーをホルモンフリーのMS培地に移植すると、体細胞胚形成を経て多くの幼植物体が再生した。これらの植物体は、現在ガラス室内で生育中である(第1図)。また最近、肥田ら(1997)はダッチアイリスでもプロトプラスト培養系を確立したことを報告している。


4. 細胞融合による体細胞雑種の獲得

細胞融合により獲得したハナショウブと
ジャーマンアイリスの体細胞雑種

 我々は、分裂能を有していないハナショウブのプロトプラストとアルビノ植物体のみを再生するジャーマンアイリスのプロトプラストとの間で電気融合を行い、体細胞雑種の獲得を試みた(清水ら 1997)。その結果、融合プロトプラストの培養1か月後には多数のコロニーが形成され、コロニーを再分化培地に移すと、約1か月後にカルスの増殖と、多数の体細胞胚が観察された。その中に、緑色のシュートを分化しているもの、体細胞胚の一部が黄色を呈しているもの、緑色のカルスなどが観察されたので、これらを選抜し、継代培養により緑色植物体を獲得した。緑色植物体のシュートからDNAを抽出し、RAPD法で解析を行ったところ、この植物体は両親種に特有なバンドを有していた。以上のことから、緑色植物体(第2図)はハナショウブとジャーマンアイリスの体細胞雑種であるとみなされた。このような体細胞雑種の獲得はIris属でもちろん、単子葉植物の花卉でも初めてのことである。

5. 終わりに

 
細胞融合により獲得した体細胞雑種は、遠縁な種間で得られるので種子稔性がない場合が多い。ハナショウブとジャーマンアイリスの体細胞雑種は、花粉稔性や種子稔性などの特性を調査するまでに至っていないが、その観賞価値が特に優れている場合には雑種品種として育成できる。例えこの雑種が不稔であっても、Iris属植物は栄養繁殖であるので、その増殖には全く問題がないばかりか、効率的な増殖も組織培養により期待できる。
 先に述べたように、ダッチアイリスでもプロトプラスト培養系が確立しているので、
この培養系やジャーマンアイリスの培養系の利用によりダッチアイリスとハナショウブ、ダッチアイリスとジャーマンアイリスなどの組み合わせでも体細胞雑種の獲得が可能と
なり、体細胞雑種が園芸種として我々の目を楽しませてくれる日も近いであろう。




6. 引用文献

肥田晃子・清水圭一・長田龍太郎・藪谷 勤・足立泰二 1997. ダッチアイリス(Iris
hollandica L.)プロトプラスト培養による植物体再生. 育雑47(別2): 322.
市橋正一・加藤茂雄 1986. ハナショウブの子房培養による栄養繁殖に関する研究.
愛知教育大学研究報告35: 136-143.
Jehan, H., D. Courtois, C. Ehret, K. Lerch and V. Petiard 1994. Plant regenere-
ration of Iris pallida Lam. and Iris germanica L. via somatic embryogenesis from
leaves, apices, and young flowers. Plant Cell Reports 13: 671-675.
Kawase, K., H. Mizutani, H. Yoshioka and S. Fukuda 1995. Shoot formation on
floral organs of Japanese iris in vitro. J. Japan. Soc. Hort. Sci. 64: 143-148.
桜井温信・冨野耕治 1969. Iris育種の基礎研究I. ハナショウブを含む種間の交雑
不和合性. 育雑19(別1): 151-152.
Shimizu, K., T. Yabuya and T. Adachi 1996. Plant regeneration from protoplasts
of Iris germanica L. Euphytica 89: 223-227.
清水圭一・宮邊由夏・長池浩子・藪谷 勤・足立泰二 1997. 細胞融合によるハナ
ショウブ(Iris ensata Thunb.)とジャーマンアイリス(I. germanica L. )の体細胞雑種
作出. 育雑47(別2): 323.
Shimizu, K., H. Nagaike, T. Yabuya and T. Adachi 1998. Plant regeneration from
Suspension culture of Iris germanica L.. Plant Cell Tiss. Org. Cult.(in press).
藪谷 勤 1984. ハナショウブの種間交雑育種に関する基礎的研究. 宮崎大学農学 
部育種学研究室研究室報告4: 1-111.
Yabuya, T. Amphidiploids between Iris laevigata Fisch. and I. ensata Thunb.
Induced through in vitro culture of embryos treated with colchicine. Japan. J.
Breed. 35: 136-144.
藪谷 勤 1986. ハナショウブにおける種間交雑育種の展開. 農業及び園芸61: 485-
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藪谷 勤 1989. 黄花ハナショウブの育種戦略. バイオホルティ1: 64-71.
Yabuya, T. 1991. Chromosome associations and crossability with Iris ensata
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Yabuya, T., Y. Ikeda and T. Adachi 1991. In vitro propagation of Japanese
garden iris, Iris ensata Thunb.. Euphytica 57: 77-81.
藪谷 勤 1992. 黄花ハナショウブの育種. 新花卉154: 88-92.