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あやめ漫談  その二、シャガ

夢 勝見


 九州南部から青森県までの人里や近くの山林に自生するこの種は、あやめ類の中でもやや特殊な発達をとげた系統で、日陰の傾斜地にしばしば大群落をつくることがある。4月に一斉に開花した時には、沢山の蝶が舞っているように見えることから、中国では「胡蝶花」などと呼ばれているようだ。幾つかの側枝を出すため、この仲間の中ではー花茎当たりの着花数は群を抜いて多いが、不思議なことにー莢も結実したのを見たことがないのはどうしたことであろうか。


シャガの来歴
 実は、このシャガのように人里近くに自生する植物(人里植物)の中には、こういった不稔のものが他にもある。ヒガンバナ、ヤブカンゾウなどがそうで、これらは種子で殖える代わりに、物凄い増殖力をもつ球根や地下の分枝を持っていて、盛んに繁殖している。松江幸雄氏の観察によると、只一球のヒガンバナを山林に植えて放置して置いたところ、32年後には926球に増殖していたという。もちろん長い年月の間には、大株となって外側の球根が露出し、転がり出して付近に新株を形成することもあったであろう。  一方、ヤブカンゾウやシャガなどはシストローンと呼ばれる地下茎を沢山出して、瞬く間に群落を作ってしまう。学者がこれらの植物の染色体数というのを調べてみると、どれもが実を結ばない3倍体植物ということになるのだそうだ。近年、魚の養殖などでも3倍体アユなるものが作られたが、やはり不妊で子孫が出来ないかわりに、自分自身は非常に丈夫で強勢となっているということなので、植物でも動物でも同じ話らしい。


 ところで、先年亡くなわれた植物学者の前川文夫先生は、「縄文や弥生時代に多くの植物が中国から渡来し、今では日本中に自生するに至ったものがある。」とし、それらを「史前帰化植物」と呼んだ。それらの中には雑草として作物の種子の中に紛れて渡来したものもあろうし、有用植物として意図的に持ち込まれたものもあろう。上記した3倍体植物もそれらの一部とされているが、種子が出来ない以上、偶然紛れ込んだものというよりも何らかの理由で我が国に持ち込まれ、その後も引き続いてそれらが利用された為に、日本中に広まったと考える方が納得が行くようだ。それらの祖先型とみられる2倍体植物が中国南部に分布しており、4倍体と混生しているところも実際あるそうなので、どうもその辺りが故郷と言えそうだ。また、台湾には種類の異なる「台湾シャガ」が分布しているし、沖縄にはシャガ類が分布しないことを考えると、シャガを携えてやってきた人達は、南西諸島沿いに北上してきたのではなく、中国南部から直接、あるいは韓国経由で九州辺りに到着したのであろう。
 
 それでは、シャガはどのような目的の為に利用されたのであろうか? 残念ながら、現在ではシャガの用途は判らなくなってしまった。残された手がかりとしては、同類であるヤブカンゾウやヒガンバナなどの利用の仕方であろう。
 
 ヤブカンゾウは、中国や日本で現在でも食用にされているので、シャガも食用にされたという一つの考え方が出来る。ヒガンバナも以前は救荒植物として飢饉時に役だったことが知られている。ある植物学者は「これらの3倍体植物は以前食べられていたようだ。」と言っているので、そういうことだったのかも知れない。
 
 もう一つは、梱包(包装)材として用いたという考え方である。前に紹介した前川先生は、戦前にヒガンバナの葉をミカン出荷用の梱包材として使用していたことを例に、食用と併せて梱包材料として用いた可能性もあることを指摘している。ある園芸家は「我々の祖先がサトイモをシャガの葉で包みながら、海をこえてやってきた姿を頭に浮かべる。」といっている。これらの説を冷静に比較検討するためには、民族学的な調査を始めとして、植物化学的な調査も大切かと思う。シャガの常緑葉にビタミンCが大量に含有されていれば、冬期の重要な栄養源となっていたかもしれないし、抗菌物質が大量に存在するようであれば、食物の梱包材という用途が有力となってくる。

 実は最近、クスの木もやはり史前帰化植物の一つとする見方が出てきている。ご存知のようにクスの木からは樟脳が取れるので、大昔の人が防虫剤の用途で、我が国に持ち込んできたという見方が出来る訳だが、古代人の経験に基づく生活の知恵には驚かされる。事によるとシャガには未知の有用成分があり、我々の全く忘れてしまった用途があったのかもしれない。

   左から「青花シャガ」、「在来種」、「白花シャガ」


シャガの仲間
 近頃「竹シャガ」なるものが通販カタログに載るようになってきた。茎が40から50センチ位に直立して、恰も小竹の上にシャガの葉が茂っているような風情の見慣れない植物である。この風変わりなあやめは「イリス・コンフューサ」といわれるもので、中国奥地の山の日陰に分布する。ヒマラヤには、この種を更に大きくしたような「イリス・ワッティ」という紫紅色の花をもつものも自生している。私は両種とも栽培しているが、まだ一度も開花しない。シャガを含めてこれらの花には、共通して外弁基部にトサカ状の突起があり、欧米では「クレステッド(鶏冠のあるという意味)アイリス」と呼び、熱心に交配している人がいる。その雑種のいくつかは、欧米の愛好者の中で細々と取引されているようだ。葉の特性から耐寒性を心配したが、寒さに一番弱いとされるイリス・ワッティなども、伊豆、熱川の植物園で、戸外で冬を越したと報告してきているので、かなり耐寒性はあるようだ。

 以前、中国の四川省を旅した際、結実しているシャガが眼にとまり、その未熟種子を持ち帰ったことがあった。幸いいくつかが発芽し開花に漕ぎ着けた。茎葉は日本種と変わらないが、花はより白くやや大型で花数は1.5倍位と多く、3週間位開花の楽しめる園芸的に優れたものであった。

 専門書でしらべてみると、中国で近年報告されたシャガの一変種であった。宮崎大学で調べてもらったところ、染色体の上からはシャガの2倍体であることが判明した。これが日本にあるシャガの直接の祖先とは思えないが、近い親戚とは言えよう。
 
 小生は、更にもう一つ別の系統に属する2倍体を所有している。米国から輸入したもので、原産地が中国の何処であるかは不明となってしまったものである。この方は、日本にある種と同じくらいの大きさであるが、花はずっと青みが強いので、仮に「青花シャガ」と呼び、前記のものを「白花シャガ」と呼んでいる。両者共、自家受精でも相互交配でも結実するようだ。育種家の立場から言うと、シャガ育種の材料がいよいよ揃ってきたと言えよう。将来、日陰の裏庭に改良されたシャガが、色とりどりに群舞している姿を連想すると、とても楽しくなるではないか。また、常緑の葉は冬枯れの中で、貴重な緑となり、我々の寂しい気持ちを慰めてくれるものとなるだろう。読者の中にも、これらの改良を志す人がいるなら喜んでその材料を提供しよう。