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     江戸系 初 紅(はつくれない)

花菖蒲とともに

長野県  岡本淳一


 花菖蒲は私にとって不思議な花である。私はどんな花も好きで、いろいろ育てているのであるが、最も思い入れの深い花が花菖蒲である。ほかの花は咲き終わると次第に忘れがちになるが、花菖蒲だけは、ほとんど一年中関心を寄せている。冬期地中で生きている間も、写真を見たり、本や雑誌の記事を読んだりする。この花は私にとっては、何というのか、前世からの因縁とでも言うべき花なのであろう。この花を見たり世話をしていたりすると、体内の血液が鮮明になり循環もよくなる。そんな心情にさせてくれる。

 信州の冬は寒く厳しい。最近は地球の温暖化で昔よりは暖かくなり、雪も少なくなったとは言え、暖かい地方に比べれば寒い。その冬が過ぎて、雪がとける三月末ごろになると、剣状の葉が伸びてくる。このときの喜びは花が咲いたときに劣らない。冬の間に枯れてしまったのではないかと心配していたのに、生き生きとした姿を見せてくれると、春の暖かい日差しとともに、私の心を豊にしてくれる。四月に入ると畑一面が青々として、春雨に濡れている時など、何とも言えない心持ちになる。

 五月の半ばごろ、すっかり成長した剣葉の中から茎が伸び、早咲きの品種が蕾をのぞかせたとき、そして何日か経て、蕾の一部に色が見えてきたときの喜びは、何ものにもたとえようがない。ああ、今年も花菖蒲の季節が到来したのだ。といううきうきした気分になる。それからまた何日かが過ぎて、わが家の第一花が開花する。このときの安心しきった満足感は、他では体験できないほどである。一日のうち何度となく見に行く。家の中からも眺める。それから約一ヶ月。こんな気持ちで次々と開花する花菖蒲と対することになる。

 私が栽培している品種は三十数品種である。極早生種から晩生種までいろいろあるので、六月始めから七月十日頃まで開花している。この中のほとんどが、加茂花菖蒲園から通信販売でいただいた品種である。株分けも毎年数種づつ行っているので、畑のかなり広い部分を使ってしまい、株数がたくさんになり過ぎて、もう植えるところもなくなってきて大変困っている。昨年教員生活を定年退職して、閑が出てきたので、全面的に土地改良をして、さらによい花を咲かせようと計画している。
 ともあれ、私は今後もずっとこの花と、おつき合いをしていくことになるだろう。鉢植えも良い花も咲かせたいし、今年から交配もやってみたいと思っている。こんなすばらしい花を育ててきた先人の方々に感謝しつつ、また、自然の恩恵に感謝しながら、栽培を続けていきたいと思う。
 私の栽培している品種のなかで、特に好きな花は、「初 紅」、「清少納言」、「小桜姫」、「翠 映」、「美吉野」、「舞 扇」、「水天一色」、「白玉楼」など。
1998年1月5日 記