四倍体舞扇 |
四倍体花菖蒲の育成
名古屋市 光田 義男
細胞内の遺伝子(染色体)数が増加すると、普通花の色、大きさ、草性など総体的に基本の2倍体より形質がよくなって、観賞価値が高くなることが多いので、一般に倍数体の作出は、品種改良の重要な手段につながるというものであります。
従来の花菖蒲は体細胞の核基本数12個の染色体2組を有する2倍体(2n=24)であり、これを倍数化して4倍体(2n=48)を作ろうという試みはすでに30数年前から多くの人々によって行われて来ましたが、その方法というものが種子を発芽させてコルヒチン処理するというもので、これによって4倍体を作ることは出来るには出来たのですが、多くの問題が伴って、これを克服することはなかなか難しく、花菖蒲の栽培種は長年にわたる育種改良の結果、2倍体であってもすぐれた形質を備えているので、すでに発表されている在来種より優れた良花を取り出すということは不可能に近いということが、夫々の経験から立証されているようであります。
話しはさかのぼりますが、昭和40年頃のことです。当時の愛知県園芸試験場長と親しく話しをする機会がありました折り、花菖蒲の4倍体作りに関して、種子を発芽させて四倍体を作ることは出来るけれども、咲く花は皆在来品と比べて悪い花ばかりで見込み無いと言いましたところ、場長が、それなら現存する優良品種そのものを倍数体にしてはどうかと言って、私に一つのヒントを与えて下さいました。
早速私は実行に移しましたところ、誠に幸運という外ないような結果が現れ始めまして、成功したという喜びと期待を抱いたものでしたが、やはりこれは完成に至る一段階の状態に過ぎなかったというところが後に解りまして、このことは未完のまゝに過ぎてしまいました。と申しますのは、丁度その頃、私はピンク花を作ることに情熱を傾けつつありましたので、そちらの方へと時間をとられることとなり、4倍体作りは中断の形となってしまったのであります。
その後待望のピンク花も出来まして、より良いピンク花への願望をかけて改良を続けること20年間、100品種に及ぶピンク良花を発表することが出来ましたが、この頃になって、ピンクの育種をこれ以上続けても、取り立てて変わった進展が得られないのではないかという一種の行き詰まりを感じるようになりました。そして思い出したのが、30余年前中断の形のままとなってしまっている花菖蒲品種の4倍体化だったのです。あの頃の経験を踏まえて前進すれば、必ず4倍体が出来るはずという確信をいだきまして、再度これに挑戦することにしました。
それには先ず、30余年前に出来た第一段階の状態に到達する必要があります。しかし当時の記録はなく、長い年月も経過しており、思い出せないこともあって、なかなか当時の状況が現れて来ません。処置の行えるのは一年間に一回だけです。失敗を繰り返しながら、3年間を要して遂に往時の状態を復元することに至りました。その後は試行錯誤と経験を繰り返すこと5年間、遂に下記の品種を4倍体化することに成功しました。
四倍体化した苗(中央) |
舞 扇 平尾作 藍に白筋入り、六英咲
大草原 光田作 白に藍砂子吹き掛け、六英咲
葵の上 光田作 紫色 六英咲
四倍体花菖蒲の特徴
(1) 葉が厚くなり表面に艶を帯び色濃くなる。
(2) 花軸が太くなる。
(3) 花弁が厚くなり、花茎が太くなる。
この成功により品種苗の4倍体化の方式を確立出来ることになりましたので、今後は古花、新花を問わず、望みの品種を倍数体に替えることが可能になりました。しかし乍らその成否を確認出来るまでに処理後も3年間を要しますので、それほど簡単なものではなく、時間と労力の戦いというもので、加うるに気候条件に左右されるなど、種々の困難を克服する努力が必要となります。
尚、一昨年末処理を行ってあるものの中に、4倍体となりそうな期待の持てる品種として、下記のものを挙げることができます。
紅 唇 光田作 白に紅覆輪、六英咲
葦の浮舟 〃 紫筋と砂子絞り、六英咲
千鳥の曲 〃 美薄紫に濃筋ぼかし、六英咲
名 月 〃 白六英咲
雛の襲 〃 濃ピンク三英咲
白鷺の里 黄花 三英咲
神楽獅子 西田作 エンジ色獅子咲
黄花花菖蒲への夢
次に黄花花菖蒲への夢を少し述べておくことにします。在来の黄ショウブと花菖蒲との交配から出来た花に「堺の黄金」という品種があります。この花の長所として、先ず第一にその花色の良さがあります。これ以上濃い黄花は他にないと私は思います。次にこの花の多花性に驚かされてしまいます。一本の花軸に24個の花が約2週間に亘って咲き続け、花のない日はないという状態で眼を楽しませてくれます。この花もご多聞に洩れず交配不能で、結実を望むことは不可能のようであります。
キショウブ×曲水の詩=堺の黄金
染色体は複2倍体(異質4倍体)とのことであるから、私はこれに自分の作った4倍体(舞 扇)他を交配してみることにしました。毎日咲いてくる数え切れない黄花に、雨降り以外の日に次々と根気良く花粉を付けたものですが、7月に入っても結実の様子は現れず、やはり駄目かとあきらめていたところ、8月に入って実の中央部が不規則にふくらんだものが出来て来ました。9月に入るのを待って割ってみたところ、完全に近い形状をした種子20粒程を採ることが出来ました。今春、これから発芽してくれたらしめたもので、待望の黄花菖蒲へ第二歩を踏み出すことの出来る貴重な成功と言えるのではなかろうかと、胸をふくらませているところです。
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