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 米国シベリアアヤメ・野生アイリス大会

                       神奈川県 清水 弘


ガーデンツアーの様子(マーブルガーデン)
 平成八年六月十四日より三日間にわたり、米国のマサチユーセッツ州において標記の大会が行なわれた.参加者は総勢百四十名で、カナダ、ドイツ、イギリスから来た人達も加わった。ボストン空港から車で一時間ほどの所にあるホテル会場には、我々の馴染みとなりつつあるシベリアアヤメやルイジアナ州の州花にもなっているルイジアナアヤメ、その他多くの原種が切り花として沢山飾られ、この大会のテーマを象徴するかのようであった。
 世話人はマサチユーセッツアイリス協会の人たちで、同会の設立者であった故ウォーパートン婦人を記念して主催したそうだ。彼女はアイリスの原種を熱心に収集し、増殖左から筆者、ヒューバー氏、マーブル夫人したものを会員達に惜しげもなく分け与えたので、この会が大いに発展したといわれている.
 大会の二日目、三日目には、ガーデンツアーが組まれており、珍しい花を見ながら情報交換が出来るのがとても有意義なものとなっている。
 最初に米国のシベリアアヤメのことを書くべきかもしれないが、以前の会報に、前回の大会報告をしているので今回は省こうと思う.ただ、設楽氏の送った八重咲品種は全部括れてしまったものの、それらの花粉を用いた次世代のものが開花している。また、不完全ではあるが純黄の六弁咲き実生花を見たことなどが今回のトピックスと言えよう。
 それでは本論の米国で出会った野生アイリスとその育種家達について述べよう。北米にはイ・バーシカラー、イ・ヴァージニカと呼ばれているカキッバタの近縁種や、我国にも分布するヒオウギアヤメなどの自生があるが、その園芸化はもう一歩といった所である。今回、初対面となったカナダのヒユーバー氏は、これらの北米産原種の育種を熱心に進め、いろいろな組み合わせの種間雑種を作り出している。彼が母本として中心に使っているイ・バーシカラーは、自然複二倍体であるため後代に稔性があるのが特徴だ。 
(バーシカラー]ハナショウプ)]ハナショウブ
         カナダ トニーヒューバー氏作出
クリソグラフエス]ヒオウギアヤメ
         ドイツ トーマスタンベルグ氏作出
 既にハナショウプとの戻し交雑にも成功し数多くの種子を送り出している.現時点ではハナショウプ
のような大輪のものは出来ていないが、その昔、六、七の原種の交雑からジャーマンアイリスが生まれた時のことを考えると、ひょっとしたら彼の実生から、新しいジャンルのアイリス園芸種が二十一世紀には誕生して来るかもしれない。
 一方、ドイツのタンベルグ氏(有機化学者) もヒユーバー氏と同様、熱心に種山間交雑を進めている。彼の方はシベリアアヤメを中心としたキショウブやヒオウギアヤメとの交雑が中心であるが、コルヒチン使用による複二倍体化などについても熱心である。
 現在、この両人が我国のハナショウプやアヤメ、カキッバタなどの属する好水性アイリス育種(アウト・クロッシング) の双璧であろう。
 二人の共通点は、種間交雑中心であること、趣味でやっていること、母国では彼らの仕事をしっかり受け止めることのできるアイリス協会の組織が無いこと等である。大会三日日の表彰式では、彼らの実生花に対して賞が贈られ、両人の嬉しそうな表情が印象的であった。今春には彼らの実生花の一部が私の所へ送られてくるので、皆さんに見ていただく機会もあるかと思う。
 ところで、ガーデンツアーでは、日本の特産種で、野生では絶滅が心配されるキリガミネヒオウギアヤメに出会った。以前、我が国から送られたものが立派な大株となったものだと思うが、何れ里帰りさせてもらおうと思っている。この種は、現在日本の数箇所で保護栽培されている大変貴重な野生種である。
 更に、もう一つ興味深いヒオウギアヤメに出会った。それは「コショーエン」と名前の付いた自花種である。聞いたところによると四十〜五十年前、日本から英国に輸出されたものだが、その後米国に導入されたということである。「コショーエン」というのは、日本の種苗商の名前と思われる.この株は昨秋、拙宅に届いたので増殖して行きたいと考えている。
 北米特産のアイリスでは、イ・プリマスチカの幾つかの品種に出会ったことも大きな収穫であった。この耳慣れない種を知っている日本人は殆どいないであろう。日本のアヤメに極近縁ではあるものの、分類学的には違う系列に属するとされている小輪の北米東部の特産種である。拙宅には一株植えてあるが、小輪の圭品で日本の気候や土壌に良く合い、山草として何れ我が国にも導入されるであろう。
 最後に、北米産ではないが、キショウブについて報告しよう。白色からクリーム色、黄橙色と花色の変異は日本にあるものと大差ない様子であったが、シベリアアヤメとの雑種第二代目の花が目を引いた。この花はゴールデンクラフという品種(以前、欧州のある種苗商の庭園で発見されたキショウブとシベリアアヤメとの自然交配種) の次代らしい。一方、先紹介したタンベルグ氏は、この花を見ながら私に、「人工交配とコルヒチン処理で、短期間に同じ組み合わせの雑種第二代を作り出し、ベルリンタイガーと名付けた」 と言っていたので、やはり積極的な人工交配の方がより効率的に育種が進むようだ。なほ、彼は第3世代に当たる種子を、気前よく英国と米国のアイリス協会の種子配布リストに載せているが、フユーバー氏も同様に種子提供をしている。このようなオープンな育種姿勢を我々も大いに見習うべきかもしれない。アイリスのジエネラルスペシャリストを目指す小生にとっては、大いに参考となった。
 以上が今回の大会の印象であるが、米国でも栽培種の大輪豪華なものを好む人が多いことは一般的な傾向だ。しかし、その一方で原種の磨ぎ澄まされた美しさを好む人もいる。米国アイリス協会の名簿を見せてもらったところ、約三万七千人の会員の内、北米産野生アイリスの部会に入っている人が六百人もいて、その層の厚さには驚かされた。また、彼らの多くが種間雑種
に非常に興味を示し、先紹介したヒユーバー氏やタンベルグ氏のような、野生種から新しい園芸種を育成しようと野心を燃やしている人達に対して、その仕事を認め励ましている点は非常に興味深かった。日本の会でも、このように育種家を励まし育てて、我々の生活に潤いを運ぶ美しい花を、数多く世に出して行くようにしたいものである。