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 「宇宙」 のはなしあれこれ

                       副会長(当時) 角田 公明 


 
  「花菖蒲の寿命は、二百五十年で しょうかね。だから古い銘柄の品種 は括れたがっているのですよ。」 と、 こんな話を以前わたしは平尾先生か ら伺ったことがあります。いま私たちが扱っている花菖蒲の銘柄品はす べて、新しい生命体のものではなく、つまりはその株の小枝を何百回とな く株分けして、根を出させているの であり、元はと言えば一本の親株の 一小枝を養っているにすぎないと考 えるわけでです。
 例えば「宇宙」という品種は、今 の私たちは菖翁が作出した株の小枝 の一本を養っているということにな り、作出されてから百五十年余とい う長い年月の中で大木も弱り、ぼつ ぼつ寿命が来ているので、小枝の一 本くらい括れてもあたりまえなのだ ということなのです。時折「宇宙」を枯らせたお話を耳にすることがあり ますが、この平尾先生の御説からす れば、それも至極あたりまえのこと なのかも知れません。
 しかし、これほ どの名花は他にはないので、なんと か生かし続けたいという気持ちは、どなたも持っておられるのではないでしょうか。
 そこで、この花菖蒲中の 最高の名花である「宇宙」の栽培につ いて、私の経験を参考までにご紹介 することと致します。
 この 「宇宙」 は、かつては堀切菖 蒲園にあった代物で、彼の菖蒲園で 昭和の四十年代前半の頃、何十株か 一度に枯れたことがあって、おそら くその時に平尾秀一先生のアドバイ スによって、花菖蒲協会々員の鈴木 栄一さんに預けなさいということに なったのではと想定しております。
 また、いつの事だったか協会とし て、ある花菖蒲園を訪れた時、先の鈴木さんほか何人かの会員さんらが園 を巡回しておりましたところ、そこ に植えられていた「宇宙」を見つけ、 ある人がこの株は 「宇宙」 ではない のではないかと言い出し、なるほど、 ちょっとおかしいという事になりま した。そこで私は、急いで平尾先生を 捜して、「先生、ちょっと見て下さい。 宇宙という名札はついてはいるが、 おかしいですよ。」 と云いましたら、 「宇宙の判定なら鈴木さんにお願いし なさい、あの人が一番詳しいです よ。」 と言われたことを思い出しま す。
 そして平尾先生は、「人により「こ れが宇宙です」 と強調されればそれ が宇宙で、名前というのは世の中の 親が子供に名前を付けるのと同じで、 北海道の親と九州の親がそれぞれ勝 手に子供に名前をつけて、それがた またま 「宇宙」 と云われれば、それぞれが宇宙であっても致し方無いこ とですよと、云われました。
 現在では、品種の登録制度が理事長の許に確立されていますので、こ のようなケースは少なくなることと思いますが、当時先生に「協会として統一すべきですね。」と申し上げた ら、「全くその通りですがなかなか難 しいことですね。」と、申されました。 そう云えば「宇宙」には、現在でも同 じ名前で花容の全く異なる代物があ るような気がします。私の所有する 「宇宙」 が正しいかどうかは別とし て、私が所有するものは堀切菖蒲園 から来た系統であることをこの際確認しておきます。

 「宇宙」栽培の秘訣

 さて、余談はこれくらいにしてお き、本論にもどつて「宇宙」を枯らせ ない、あるいは側芽の芽立ちを良く する方法を紹介しましょう。 これは私もいろいろとやってみた のですが、最終的にはきわめて簡単 な方法をとっています。それは開花 後の植え替えの時、盆栽を植え替え る際の要領で、株を鉢から引き抜いたら小株を親株から切り離さず親株に小株がついた状態で、土も全部は落とさず に三分の一くらいは根についた土を残す のです。そしてこのように処理した株を 鉢の中央に置き、周囲に培養土を固く入 れてゆきます。なるべく土を固く入れた ほうが株が安定し、風に吹かれても動き ません。そしてこの時、親株の茎を地隙 から三センチくらい上で切ります。
 時として株によっては花は立派に咲い ても、肝心の側芽が出ていないことがあ ります。このような株は地表から十五セ ンチくらいで切り、前に述べたような方 法で植え込んでおきますと、左の写真の ように冬を迎えるまでに側芽が出て来る ものもあります。しかし、側芽が出て来 ない株はそのまま括れてしまいますか ら、この場合は大変惜しいのですがあきらめるしかありません。
  また、花茎の両側に新芽の出た株を 一芽ずつに分割したい場合には、親株 の中心を鋭利な刃物で真二つに分けて、 前に述べたような方法でそれぞれ植え 込んでおきますと、次の年には花茎の 両側に芽が生えた株を二株作ることが できます。
 植え込んだ後の管理は「宇宙」だから と云って特別扱いすることもなく、極 めて一般的な管理でよいようです。
 しかし、こう言っても人それぞれ差異が あるでしょうから、私の場合について、 ここでちょっと触れたいと思います。

 私の花菖蒲栽培

 私の花菖蒲の圃場は二ケ所 にあり、その一つは平屋建て の工場の屋上と、もう一つは ごく普通に野菜を作ったり花 木や果樹が植えてある、いわ ゆる畠です。畠には、切り花 用として鉢栽培で余った株を 植え付けてあります。  工場の屋上の方は、花菖蒲 を栽培するつもりで殆ど水平に 設計してありまして、四方には フェンスがめぐらせてありま す。防風対策として、このフェ ンスの内側に波形のビニルトタ ンを横向きにくくり付けてあり ます。建物は東南向きに建てて あり、周囲には何の建物もなく 全く開放で、日照は極めて良 く、朝は日の出とともに日が当 たります。夏の西日は午後三時頃に なりますと裏山の陰となり、花菖蒲 には当たらないようになっていて、 植物を育てる環境としては良い条件 だと思います。  鉢は以前は駄温鉢の六号を使って いましたが、重たいので今は十五セ ンチの黒色のビニールポットに植え ています。  潅水は公務(町会)に 忙しいので、魚のトロ箱 を利用して底から五セ ンチくらいの高さの所 に穴をあけて、それ以上 に水が溜まらないよう にしています。いわゆる 腰水方式で育てていま す。しかし仕事に追われ て一週間も水やりを忘 れていると、鉢土の表面 にヒビが入り、全く乾燥 状態になることがあり ます。こうなると葉は萎 れてぐつたりしてしま いますが、潅水すればも とに戻り桔死すること はありません。花菖蒲は 比較的乾燥には強いようです。友人などは丘の上の畠に花菖蒲を植えて、とても立派な花を咲 かせています。腰水方式は忙しい方 の栽培方法でありまして、出来るこ となら毎日潅水する方が苗の成育に は良いようです。
 成育の不良は、水の条件より日照 不足の方に原因があるようです。ま た平尾先生のお話ですと、腰水方式 では鉢の大きさは関係ないとのこと でした。水は蒸発してしまいますが、 肥料分はトロ箱に残っているので、 鉢底の穴から養分を吸い上げるから だそうです。ただ、小さい鉢に植えつ けておきますと開花株を取り出した 時、鉢そのものが軽いので、倒れてし まう不便があるとのことでした。  私は肥料をあまり与えません。培 養土に含まれている肥料でよいよう です。腹八分目ということになりま しょうか。害虫予防の薬剤散布も、忘 れた頃、年に一回くらい行なう程度 で、むしろやらない年の方が多いか もしれません。最近ではこのような 管理方法ですが、桔死する株は全く ありません。  現在私は花菖蒲を二百五十品種く らい保有していますが、「宇宙」は株 分けや植え込む時の方法如何で枯死す ることはなく、むしろ「宇宙」以外の銘 柄で扱い難いものもあるように思いま す。一般的に言って「宇宙」は、性質が 弱いため株が桔死してしまうというこ とよりも、側芽の発生が悪いためにそ の株が立消えとなる場合が多いのでは ないでしょうか。  どうか 「宇宙」 をお持ちの方々、頑 張って立派な花を咲かせ、後世に伝え ようではありませんか。前ページに今 年我が家で揃って咲いた「宇宙」を紹介 しておきます。終わり。