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 続 ・ 魅惑の生物資源「花菖蒲」

       愛知県岡崎市  香村敏郎     

写真−1  三河春霞
写真―2  葵山水 
写真―3  三河浮雲
写真―4 三河赤富士
写真−5 三河乙女
写真-6 三河宇宙
 はじめに
 花菖蒲の品種改良は、徳川期より幾多の先人の努力により新種選びが行われてきました。失われた品種を拾い挙げれば何千種、いや幾万種の変種があるでしょう。私は、このような貴重な遺伝資源の中の、ごく僅かの品種に頼り片手間の交配育種に挑戦しています。
 育種には「発心・決心・継続心」つまり、「ひらめき、やる気、粘り」の三つが大切だと言われています。その一つ「粘り」に期待して、敢えて小規模ですが「運を天に任せて」継続しています。その結果、出てくる新品種の容姿は、どう見ても過去にありそうな品種ばかりで、本誌に掲載するにはいささか心苦しいですが、日本花菖蒲協会70周年記念誌に続いて、敢えて、その後育成した新品種の育種経過と特性を紹介させて頂きます。
 今回は、主に複色系品種です。大方のご批判をお願いする次第です。なお、品種名は引続き家康公ゆかりの家紋「葵」と三河武士の故郷に因んで命名しました。

五、複色系品種
 複色系品種は、花の各器官つまり花弁(内・外花被)雌蕊、雄蕊がそれぞれ関連する遺伝様式から成り立ち、永い歳月の中で各器官の花色・形態に変異が起こり、珍しい変異は人により選抜され、残されてきたものと思われます。古文書の花菖蒲挿絵図には、現在見られないようないろいろな花色も描かれていて、古い品種の変異幅の大きさに驚かされます。

 「三河春霞」 (雛桜×滝紅葉)
 この品種は、平成10年「雛桜×滝紅葉」の交配後代から、平成14年に育成された品種です。
この品種の花期は中生(6月中旬)。花容は江戸系六英の中輪花。薄ピンク色の花弁に薄紫の筋が流れ、雌蕊(しべ)は良く立ち、先端のクマデは赤紫色がやや濃く、アクセントを増して、花容を引き締めています。ただし、花色の全容は鮮明な色彩とは言えず、幾分ボヤーとしていて“ほんのりとした”を連想させる色調です。その特性が品種名の由来です。
  草型は、やや短稈、稈の太さは中位で、繁殖、花付きは良さそうです。鉢植、ほ場植え共に適するでしょう。花容、草型に豪快さは無く、女性好みの品種と言えるかもしれません。
 なお、この品種は受咲き六英の「連城の」に似た花型をしています。この両親からこの花型が生まれるのは疑わしいので、異品種の他花交雑の可能性も否めません。

 「葵山水」(岩清水×清月)
 この品種は、平成10年交配の「岩清水×清月」の後代から、平成14年に育成された品種です。「岩清水」は平成7年交配の「朗風×日月」から育成した仮名の品種で、「清月」に類似した、似たもの同士の交配です。
 この品種の花期は6月中旬、花容は江戸〜伊勢系三英の中輪花です。外花被は白〜薄ピンクで整然と垂れます。内花被は淡い水色で良く立ち、の良い古花の「深窓佳人」に似ていて、更に花型は崩れません。容姿端麗な“三河美人”を思い出してか、女性からの希望や賞賛(自我自賛)の声が多いようです。
  草型は、中稈で直立し、剣葉もよく立ち、良型です。栽培特性は、葉色やや濃く、むしろ強健で、繁殖、花付きも良く、鉢植、ほ場植え共に適するでしょう。品種名は、山里から涌き出る清水を連想し命名しました。
 育種法は、ある品種が生まれるとその欠点を補うための、更に次ぎの改良品種を交配する、育種の常道手段、反復・多系交配法を採用した点に特徴があります。


 「三河浮雲」(雪千鳥×宝玉)
 この品種は、平成8年交配の「雪千鳥×宝玉」の後代から、平成14年に育成された品種です。当初の狙いは、八重性「雪千鳥」の花色の改良にありましたが、平凡な三英花です。
 この品種の花期は中生のやや晩。花容は銘花「座間の森」をやや小型にした、江戸系の丸みのある花型で、花色は、白地に水色の刷毛目が浮雲のように入る特性があります。また、内花被にも水色の縁取りボカしが入るので品種名の由来にしました。欠点は花弁が薄いためか、作り方により外花被がちじみ易く、傷つき易い弱点があります。   
 花の良し、悪しと、好みには個人差が大きく、100%の人が好む品種は少ないが、花菖蒲の世界も同じでしょう。この花も端麗な色彩と花容から、誉める人あれば、そうでない人もあり、まちまちです。
 草型は、中稈で分蘖はやや少なく、株元がやや開く欠点があります。「座間の森」ほど長稈、垂れ葉ではなく、生育も旺盛でありません。しかし、性質は強健で繁殖、花付き共に良く、鉢植・ほ場栽培ともに適するでしょう。
六、 赤紫色・青紫色の白筋入り、吹きかけ絞り系品種
 この花色の範疇に入る品種には、前者に「宇宙、舞扇、秋の錦」など、後者に「仙女の洞、日本海」など数え切れないくらい沢山の著名な品種があります。流れる白筋や斑点が花色にインパクトを与え、一層花色を引き立てて豪華さを与えるのでしょう。それだけに、既存の品種の評価を越える新品種を作るのは至難の技に等しいようです。

 三河赤富士 (雛桜×滝紅葉)
 この品種は、平成10年交配「雛桜×滝紅葉」の後代から、平成14年に育成した品種で      
す。この品種の花容は、赤紫色の外花被に白の吹きかけ絞りがやや少なめに入る、江戸型、三英の古典的な品種です。このような吹きかけ絞り花は、三・六英とも「滝紅葉・初嵐」始め、数え切れないほどありますが、いずれも豪華絢爛な花です。この品種は、赤紫色の玉洞芯を持ち、内花被は絞りの少ない素朴な花容から、敢えて掲載しました。
 花期は6月中旬の中生種。草型は中〜やや短稈、直立型で、茎は太く、幾分広葉で、生育は旺盛です。栽培特性も強健で、鉢植、ほ場植えともに適するでしょう。三河に富士山は有りませんが、村積山か段戸山の紅葉や積雪に、夕日が映えた山景を、大観の赤富士に見たてたのが命名の由来です。

 「三河乙女」(新朝日の雪×猿踊)
 この品種は、平成9年交配「新朝日の雪×猿踊」の後代から、平成14年に育成した品種です。花期は6月中旬の中生種。花容は「猿踊」をやや大輪にした江戸系三英花で、花色は赤に近く太い白筋が流れます。「猿踊」のように密標近くに赤紫色に輝く特有な変化は有りません。しかし、栽培地や土壌の違いにより、花色全体が赤紫色に輝く、神秘的な色合いを現わし、「猿踊」の遺伝子を保有しているようです。外花被は「猿踊」を大きくし、雌蕊は全体に白く、玉洞芯を持ち花容を引き締めています。どこにでもある平凡な花容の品種ですが、平凡さの中一風変わった美しさがあり有るようです。
 草型はやや短稈〜中稈で、茎は太く、やや広葉で生育は極めて強健・旺盛です。この品種の特性が、三河の乙女に共通する素朴さ、神秘的な美しさと心の強健さを備え、三河乙女に似るところが命名の由来です。

 「三河宇宙」 (舞扇×実生)
 この品種は、平成9年に交配した「舞扇×宇宙実生」の後代から、平成14年に育成された品種です。父親の「宇宙実生」は花友が「宇宙」の自家受粉種子から選抜したもので、「宇宙」と花色は似ていますが、花は小さく、その代わり、長稈で生育は旺盛です。
 この品種の花期は中生の晩。花容は一応「宇宙」に似た肥後系六英の大輪花ですが、「宇宙」のような八重性は無いようです。花色は淡青紫色で白筋が流れます。「宇宙」よりの白筋と白筋の間の白点が多く、栽培法により花弁の色が青紫色になり、弁渕がいくぶん赤紫色を帯びて内側に巻き込むようになります。また、雌蕊も日を追って開帳し花型を平凡にするようです。
 草型は、「宇宙」より長稈、やや細茎、多げつで、「宇宙実生」に似ています。「宇宙」が少げつで、繁殖が悪く、性質が弱く、栽培しにくいのに対し、この品種は性質強健で、生育は極めて旺盛です。しかし、花期がやや遅く、花の大きさに対し茎がやや細長いので、多肥は草型を乱し禁物です。

おわりに
 以上、2ヵ年にわたり延べ14品種を紹介させていただきました。花菖蒲育種の経験も浅く、粗製濫造のそしりは免れません。また、前記したとおり母本に限りがあり、既にある品種の後追いばかりで、新規性に欠けるうらみがあります。今後は新しい遺伝資源の導入と育種規模の拡大を図り、1年に1品種作り程度の少数精鋭主義で、皆様の心に残る花菖蒲の新品種作に心掛けたいと思っています。
 なお、蘭類などの花育種の傍ら、花菖蒲の育種を始めて感じたことは、交配後約3年で結果がわかる“勝負”の早さは有りますが、栄養系繁殖のため初期増殖率の低さ、悪さを痛切に感じています。特に、良さそうな品種ほど悪く、しかもポット栽培として展示鑑賞の傍ら交配母本に利用するため、さっぱり増殖しません。これら品種は、近くに在る東公園の花菖蒲園や会員の皆様にも早く渡し、評価を得たいと思っていますが、遅々として進まないのが現状です。畑に別途栽培し株分け時期を早めるなどしたいと思っています。なにか良い方法があればお教え下さい。