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肥後花菖蒲の鉢植え展示の方法  その一 栽培

群馬県 東 秀光


東氏宅での展示風景

 肥後藩主がこよなく愛し、家臣に栽培を奨励した肥後六花撰の一つ、「花菖蒲」の、古来より云い伝えられている「鉢植え栽培」にて、紙面をお借りして述べさせていただきます。会員諸氏のご参考になれば幸いです。


(1) 苗の調達
 植え込みにあたり、陳列に適した品種を選定する作業を行います。熊本で品種改良(雌芯が大きく、弁が深く重なり垂れ、花弁に芸、変化を生じ、矮性であること。)され特異な発達をとげた古名花を中心に、中生や晩生種など色別にたくさんの品種が必要となります。
 陳列の時期は、北関東地方の群馬県館林市で、毎年六月十五日頃から六月二十八日頃までの二週間で、初日は七鉢程度ですが、最盛期には毎日十五鉢が陳列できるように、色別に中生・晩生種、花弁数別の中生・晩生種を念頭に置き選定します。
 これらの品種が重複しないように一〜二日の日替わりで飾らなければなりませんので、品種で最低百品種、鉢数で二百鉢を用意します。なかでも白花は重要で、一鉢おきに陳列されますので、百品種のうち少なくとも四十品種以上は白花が必要です。しかし最初から以上申し上げた品種数を揃えるのは不可能ですので、同一日に開花した同一品種を重複して陳列しても構いません。それでも年々寄数の鉢を並べ、品種の特徴である開花の時期、草丈の高低、花弁の厚さ、葉姿、花持ち、葉芽の多い性質を持つものや少ないものなどの特徴が掴めてきますと、八畳間に陳列した場合、同一品種でない方が、展示する側も観賞するお客様側も感激が大きく、豪華に展示することができます。肥後系の品種でしたら適しているものばかりですが、古銘花を中心に選定します。

 花菖蒲は肥培管理や天候その他の条件によって草の生育が悪くても、それに比例せず大輪の花を付け、葉とのバランスが取れないことがあります。葉が貧弱であっても立派な花を付ける傾向にあり、特に熊本花菖蒲はこれが顕著です。それなればこそ来季には肥培に力を入れ、葉姿、花の容姿につりあったバランスの良い成育にと、やる気を起こさせてくれます。但し、この熊本花菖蒲の鉢植えにあっては、肥培管理が過ぎても葉のみがっしりと育ち、まるで洋蘭のような葉になり、秋仔は発生、草丈も一メートル近くに伸長しすぎるということにもなります。さらに花止まり苗に育ってしまい、翌年の開花に影響が出るなど、ちょっと変わった性質を持つデリケートな植物です。肥培管理のほかに「観察する」という、根性と忍耐が必要になるわけです。鉢陳列という厳格な言伝えに従い、こだわりや格式、この花の歴史的な伝統を重んじながら、栽培に取り組んでいる次第です。



(2) 定植ならびに年間肥培管理
 鉢は七寸の丹波鉢を最初の植え込みから使用します。乾燥しやすい素焼鉢や、ビニールポットに植えつけることは避けております。秋に本鉢定植する必要がない事や、水管理も順調で、根付き、施肥、増土など、全て上手く行きます。篩にかけた無肥料の土に植え込むわけですが、黒土に植えられれば理想です。鉢底には、篩に残ったゴロ土を敷きます。 梅雨明け二週間前までに、一刻も早く苗の植え込み作業に入ります。品種によっては花の終わるのを待たずに六月二八日頃から、雨天でも実施します。一鉢ごと、品種ごとに株分けし、一時間でも早く植え込みし、涵水してやります。この涵水が年間育成のスタートでもあり、良し悪しにもなります。

 直射日光が強い時期ですが、品種名札を二枚づつ用意し、品種が間違わないように気を使います。来客の応対や、他人の応援は慎みたいもので、自分個人で植え付けます。孤独な作業ですが、一鉢一鉢品種ごとに、途中での退席は避け、晴天時には植え終わった鉢から速やかに涵水します。

 品種を取り違えた場合(一年後の開花で判明)、明らかに最初から疑問を持ってしまった苗、年度途中で名札が紛失し、名札落ちになってしまった品種は、残念ですがその時点で破棄します。名札落ちは、何年育てても正確な品種名は判明できませんし、仮に命名しても違ったものが栽培される危険がありますので、必ず処分します。 名札を差しても冬季の霜柱や風で紛失することがあります。ノートにも鉢の配列を記入しておきます。
 
 さて、植えつけ方は、七寸鉢の中心に葉の表・裏を見極めて表どうしを抱き合わせにして二本植えとします。陳列の当日には、二花のうち背丈を選んで片方の一花は切り落とし、お客様には何食わぬ顔で一鉢一鉢の最高のおもてなし、観賞をしていただくためです。


 定植後、晴天ですと一日三回以上涵水します。活着はこの一週間がまさに勝負で、苗の中心の葉が伸び出して来るようでしたら成功で一安心です。二週間たっても中心の葉が伸びて来ない苗は、新しい葉が出やすいように、両手で葉を少し両側に引いてみます。あるいは少し葉を切り詰め、日陰に置き涵水を続けます。品種によっては、この二週間で活着出来ず枯れるものもありますが、二本の内一本でも活着していれば、このまま一本植えで育成を続けます。なお、品種によっては芽数が少なく、ほとんど花梗のみで、葉芽の採れないものがありますので、この場合は芋吹き以外に、花梗を約二五センチ程度に切り詰め、葉苗と同じ要領で植えつけますと、花梗は枯れても株元から新芽が発生し、翌年立派に開花してくれます。この確立は八割くらい成功します。 七月下旬には鉢一面に雑草が生えてきますのでそれを取り、その後株起しの作業を行います。抱き合わせの姿が維持されているかどうか、苗が斜めになっているものは直立に起こします。長雨により表土が苔で覆われているものはそれを取り除きます。
 ここで、鉢を置く向きですが、苗が一日中陽が当たるように南側に背(葉の裏側)を向けます。朝日は真横から当たりますが、一年中南向きに気をつけて鉢を並べます。 八月の旧盆になりましたら、定植後、初めて施肥を行います。固形油かすを一鉢に大粒二個程度与えます。除草と朝晩の涵水が続きます。 九月に入り、秋彼岸の頃となりましたら、本格的な株起しと増土を行います。新根の発生が鉢表面でも著しく、新根は後ろ(裏面)へ伸びたがるため株が斜めに倒されるようになりますので、株を真っすぐに起こします。ここで、篩った土も少しづつ増土し、株を安定させます。除草と涵水を続け、この頃二回目の施肥として、固形油かす大粒三個を施します。
 十月に入っても除草、涵水で苗の成長は著しく立派になり、葉の枚数も七枚で、花芽形成の完全株に仕上がります。ここで、肥料の効きすぎた株に脇芽(秋仔)が発生しますので、早めに竹べらで根元から掻き取ります。
 十一月になり木枯らしが吹き、そろそろ霜が降り出しますと葉が黄変します。黄変部分の方が緑色より多くなった頃、株元二〜三センチを残して葉刈りをします。(十一月十五日ごろ)
 それからは休眠期に入りますが、冬期乾燥が続きますので、週に一回程度、充分に涵水します。涵水をしていると、芽出しに勢いがあり、黄縮病など葉枯れが少ないようです。


 二月の節分の頃、芽出し肥として三回目の油かすを施します。その後三月も十日頃となりますと、順調な芽出しが続き、暖かい日には、一日で一センチも新芽が伸長します。ここで、芽数の出過ぎている株を見つけ、芽掻きをします。親芽(花芽)の両脇に子芽が二本以上出ている株は、花芽のすぐ脇の芽を竹べらで芽掻きします。中には親芽の隣に四本も出ている株などもあり、この場合二本芽掻きし、最終的に残る芽は親芽の両脇に二本づつ、計五本の葉にします。この頃は芽出し後も斜め後ろに倒れて発芽する苗もありますので、芽を折らないように注意して株を起こします。

 四月下旬からは、千五百倍に希釈した市販の液肥を十日から二週間に一回の割合で五月下旬まで与えますと、葉の色も緑が濃くなります。 涵水は三月は寒さのため午前中に行い、四・五月は雨が降らないようなら毎日夕方に行います。鉢に底水を張ると背丈が伸びすぎるので、通年鉢上からの涵水となり、鉢の表面には青苔が自然に生えて来ます。年が明けてからの苔は風情を楽しむため自然のままとします。雑草も盛んに生える時期ですが、楽しみに待った花梗が五月下旬には確認できます。

 室内陳列には草丈の調整がありますので、涵水も手加減し、特に花梗が見えてきた株には、水は制限し少なめにします。花梗が伸びすぎてしまっては、一年間の管理が台無しになってしまいます。晩生種も背丈は短く一見心配と思えても、花蕾が出てから葉の上に約十五〜二十センチも伸びて咲く性質なので大丈夫です。伸び足らない株は、夜間たっぷり涵水しますと、ある程度は伸長します。  

 鉢栽培の方法につきましては以上です。次号二八号では、展示の仕方および観賞の方法をご紹介したいと思います。