トップページ > 目次 > 会報> 25号目次

 あやめ漫談 その1

                       夢 勝見  その一


  カマナマショウフ  ハナショウブに先立つこと一ケ月、 五月の薫風の中で咲くこの花はショウブの名が付くものの、ハナショウブで はなくシベリアアヤメの一種である。 (協会報二四号参照)
 この花名が初めて登場してくるのは、 一八三二年に出版された飯沼慾斎の本草書で「カマヤマショウブト称スルハ  葉狭ク色粉白ヲ帯ヒ 花茎高ク葉上 二出 花梢大ニシテ色尤モ深シ」 との 記載があるが、これはこの種の特徴を 見事に言い当てている。次いで一八三 六年、岩崎常正は「かまやましやうぶ 琉球釜山より来るといふ云々」 という 後に問題となってくる記載を、その彩色図と共に本草図説の中に残している。
 下って一九四七年には、牧野富太郎 が「此種は昔朝鮮の釜山から来た者だと謂はれる。古人が釜山の字をカマヤ マと和読して乃ちカマヤマシャウブの名をそれに負せたのだ」と説明してい る。牧野のこの解釈は、前記した岩崎常正の著述に基づいていると思われ、今 日でも多く引用されている様だが、果 たして真実であろうか。

 この点に関して、一九五一年津山尚 らは別の解釈を植物研究雑誌に残して いるので、次に要約してみよう。
 「カ マヤマショウブは関東一帯で繊維植物 として栽培されていた様だ。同地では 同じく繊維植物としてヒメガマが用い られており、両者は葉の形、色、葉質な どが酷似している。このため農民に よって最初にガマアヤメの名が与えら れ、後にカマヤマに転訛したのであろ う。次いでこれが都会地にもたらされて、本来的な使用を失い、観賞の対象と なり付加語ショウブ(この場合はハナ ショウブ) が加えられカマヤマショウ ブとなった」としている。更に彼らは、 この種は普通種と連続変異を示してい るので、標準種から改良されたものと述べている。確かにこの種の解剖学的な所見を見ると、普通種と比べると著 しく維管束が発達し、その昔、これから 蓑、草履、蓆(むしろ)々を作ったというのも肯ける話である。 今日では、往時の目的は すっかり忘れ果てられてしまったが、 津山らが調査した時代には、都下でま だ集団栽培されて粗縄などを生産して いる地域があった様で、多くの聞き取 り調査なども行なわれた。 恐らく牧野 富太郎は普通のアヤメとの中間種であ るセイタカアヤメの存在も知らず、小数の標本と限られた文献検索から前記の解釈をしたのだと思われる。実際、カ マヤマショウブが朝鮮に分布するという確かな記録が見当たらず、また米国で近年出版された「中国のイリス」とい う本を見ても、中国東北部を始めとす る中国大陸全土にカマヤマショウプの分布はないようなので、朝鮮産とするには疑わしいところがある。

 
 この間題を考えていたところ、松平菖翁が百花培養考(一八四六年)の中に問題のカマヤマショウプについて別の記載をしていることに気が付いた。「鎌山菖蒲 一名琉球渓孫 蒲ノ形状ニモ 似寄テ葉強ク云々」がそれである。鎌山 という漢字を当てているところをみると釜山より来るという説は少々怪しく なるし、蒲(がま)の形状といっている点を考えると津山らの説が有力となっ てくる。しかしながら、百花培養考の中 には朝鮮、中国産のイリス属植物であ る馬蘭(ネジアヤメ)や小燕子花なども 同時に紹介されているので朝鮮から来 たという説も否定できない。事実、それ まで日本産だと思われていたオオヤマレンゲが、日本には自生せず江戸後期 に朝鮮から入って来たことが、近年に なって判明したなどの例もあるので尚更である。
 結局、この資料は混乱を招くだけで あったが、もっと多くの江戸時代の資料を精査すれば何か手掛かりになるも のに出会えるかもしれない。他方、韓国 の人たちと協力して、朝鮮国内の植物調査も大切であることは言うまでもな い。この間題解決には、まだまだ多くの 時ふ間がかかりそうだ。

 ところで、あやめ類の葉を繊維とし て利用したのは我国だけではない。中国大陸の一部では、ネジアヤメを縄や紙にしているし、北米のインディアン はイ・テナックスというアヤメを漁労の網に編んだりした様だ。カマヤマ ショウブやネジアヤメの葉は良く振れ ているが、イ・テナックスはどうであろ う。ここにもう一つ興味深い現象があ る。それは前述の津山らの研究報告に あることだが、 開花直前の数日間に渡って、カマヤマショウブの花茎が運動す ることである。苞葉の下 五〜二十センチメートル の付近が生長運動するの が原因だが、上方から見 ると丁度8字に見えるそ うである。詳しく観察し たことはないが、蕾をふくらませた花茎が垂れて いたり振れたりしている のを見かけた事があるので嘘ではあるまい。花菖 蒲の「昇竜」という品種 は三度首をふるというが、何か関係があるのかもしれない。興味のある方は、葉に振れのある品種を 中心に観察してみて頂きたい。意 外と面白い事実が出てくるような 気がする。

 露地植えのカマヤマショウプと原種のアヤメを比べると、前者の 花期は数日早く、しかも大輪濃色 で一段と見栄えが良い。又、花茎が 葉上に抽出してスタイルも極めて良い上、いっそう強健である。近年、我国で育種されたシベリアア ヤメが普及して来ているが、栽培 してみると意外と草勢が悪く花も弱々しいのが現状である。これら にカマヤマショウプの血を導入して、いっそう強健で美しい品種を 作り出すことが可能だと思う。現代的な感覚で見直されるべき種で ある。  

  
 あやめ漫談 その2(会報26号)その3(会報27号)その4(会報28号)
         その5(会報30号)