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 花菖蒲壊疽輪点病

                       清水 弘 


  この耳慣れない病気は、1982年、大阪府大の安川氏らによって報告された花菖蒲では初めてののウイルス病である。日本花菖蒲協会より発行された旧会報17号(1977年)には、元協会理事の本多篤子女史より「ウイルスによって起こると思われる輪紋モザイク病状がある」と報告されており、その写真を見ると全く同様の症状を呈しているので、かなり以前より存在していた病気であろう。
 症状と被害
 小生の観察によると進行の早いものでは、春、花菖蒲が生長を開始し新葉を三、四枚広げた頃より、一番外側の葉に褐色又は淡黄緑色の紡錘形輪状斑点や条斑を現わす。この特徴的な輪状斑点(輪点、又は輪紋とも称す)が病名となったわけであるが、品種や個体によっては、輪紋くずれの条斑となったり、黄色のモザイクが出たり、本多女史が報告した輪紋とモザイクの混合症状が出たりする。 最初、黄緑色の輪紋や条斑が出たものでも、よく観察するとその後褐変化することが多くそれら褐色の壊疽斑は次第に葉全体に拡大して行く。最終的に罹病株は葉先から枯れ込んで来るようであるが、株全体の葉や根茎まで枯らすことはほとんどなく、ウイルスと花菖蒲の共生関係が成立しているように見える。 圃場全体の観察から見ると、開花にエネルギーを費やし株全体が衰弱した開花期以降に被害が目立つが、それでも花弁にウイルス斑が出ることはなく、鑑賞上はさして問題とはならない様である。
 病原体と感染性
 この病原ウイルスは、花菖蒲壊疽論点病ウイルスと命名されており、ウイルス学的には、カーネーション・モットル・ウイルスに最も近緑のものであるが、カーネーションをはじめとする他科の植物には感染しないし、アイリス属の中でも、ほぼ花菖蒲だけに感染する様である。自然感染経路は、アブラムシなどの昆虫とか土壌や種子による感染など、種々考えられるが未だ確認されていない。一方、過去に大阪府大農場、大阪城北公園、伊勢神宮などの花菖蒲園で本病が多発したことなどを考えると、高率に感染させる伝播経路がある筈であり、小生は、これを人為的なものと疑っている。即ち花後の移植において、茎葉及び根茎を切り分ける作業の際に用いるハサミなどを通して汁液感染していることが推定される。そうなると、一旦ウイルスが持ち込まれた園では、金品種が罹病してもおかしくない訳であるが、実際は、症状が出ている品種とそうでない品種とまちまちである。この品種間差は、花菖蒲の品種が生まれながらに持っている抵抗性又は耐病性に差があるからだと言わざるを得ない。こういう差をもっと丹念に観察して記録しておけば、将釆、きっと役に立つに違いない。
防除法
 どの植物でもそうであるが、ウイルスに一旦感染した株は、生涯そのウイルスを持ち続けて行くことになり、花菖蒲もその例外ではなく、有効な防除方法はない。しかし、ここでその対策に付いて二、三、私見を述べたい。
1 熱心な栽培管理
 ウイルス病には、マスキングという現象がある。ウイルスが進入している株でも、その症状が現れない現象を言うが、栽培管理を上手に行なっていると花菖蒲に体力が付き(生理的抵抗性?)、症状が出ないか、出ても軽度にすむ場合がある。恥ずかしい話であるが、小生、五年前、そうとは知らず、感染株を十数品種米国に送ったことがあった。今年、米国のコンベンションに参加し、花菖蒲の圃場を二日間に5ケ所ばかり廻ったが、前記の株が数ケ所に植えられてあった。よく観察すると、同じ品種でも、黄緑の輪紋が少々出ているくらいの固から、壊疽が進行し葉先からの枯れ込みが、ひどく目立つ固まで種々の段階を観察することが出来た。そして病状の進行している所ほど栽培管理や環境が不良で、花菖蒲の成育が悪くなっていることに気づいた。 又、拙宅の近くに今は廃園となった花菖蒲園がある。品種も200以上ある著名な園であったが、主人が病気で亡くなった後、あまり手入れも出来ずにいた為、株が衰弱しこの病気が目立つようになった気がする。 以上のような経験から言うと、花を立派に咲かせようと栽培努力すれば、花菖蒲の生理的抵抗性も増し、ウイルスも自ずと抑えることが出来るのではないかと考えられる。
2、株分け時の選別
 花後の株分けの際、前説の症状が出ている株を最初に抜き捨てるのが好ましい。慣れないと、この病気の診断は、最初難しいかもしれないが、葉に生じている褐色の紡錘形輪状斑点の他、花弁やそれに付随した止め薬(花茎の一番上方に付く小型の薬)、又、花弁の基にある苞にも、この病気のマーカーとなる同様の斑点が現れ易い。迷った時は、花梗を見ると参考になる。
 これは素人判断だが、病状の強く出ている株ほどウイルス量も多いので、自然と他の株への感染源となり易いと思う。植え替えの際、一番最初にこういった株を捨てることは、多少の対策にはなると思うし、そういう事と知らずに経験や感覚上、いろいろな病斑の出ている株を捨てている園も多いと思われる。
3、実生家へ
 小生十数年実生を続けているが、誕生して間もない「女神湖」という品種にこのウイルス病の症状が出ていることが分かった。実生花の株分けは、既存品種と区別して慎重に行なってきており、百数十ある実生品種の内、どうしてこの品種だけが感染(専門的な証明はないが)したのか疑問である。仮にこれが交配親から来たものだとすると、種子や花粉から感染することも考えられる。今後実生する人は、このウイルス病に付いても注意を払うべきだと思う。ジャーマンアイリスやダッチアイリスなどのアイリスを犯すウイルスは、これまで3種のモザイクウイルス(SIMV、MIMW、BIMV)が知られており、ダッチアイリスなどの切り花種には、メリクローンなどの技術でその感染対策が講じられている。
 ここに報告した花菖蒲のウイルス(JINRVと称する)は、既知のアイリスのモザイクウイルスとは、はっきり異なっているのが判ったものの、その起源、他のアイリスへの感染性とか伝播経路、そしてその防除など何をとっても不明のことが大変多い。我々花菖蒲開係者の間でも、無知あるいは関心の少なかった方面であるが、この記事を機会に、こういう病気があると言うことだけは、認識しておいてほしいものである。あまり神経質になる必要は無いが、頭の片隅には置いておいて損はなかろう。
花菖蒲の葉に見られるさまざまなウイルス班